魔石スライムビジネス
スライム用の飼育ケージの中にいる、一見するとただの石にしか見えない存在。
でも、その石が誰も触れていないのに動いた。
角ばった表面にヒビが入り、穴が開き――その中からコロンと小さな石が転がり落ちた。
「ほら、これが魔石。わかるかい?」
エイトがケージの中から石を取り出し、こちらに渡してくる。
親指くらいの大きさをした、どこにでもありそうなただの石。けれど、確かに魔力が感じられる。さらによく見ると石の周りがぼんやりと光っていて、それも魔石の特徴の一つだ。たぶん、これ一つで一日の食費くらいにはなるだろう。
「ソラくんは魔石についてどれくらい知っているかな? 魔石が人間につくれない、ダンジョンなどから採取するしか入手手段がないってことは知っている?」
「はい。魔石は魔道具をつくるのに必要だから需要は常にあるのに、ダンジョンに潜って危険を冒さないと手に入らない。だから希少で高価なんですよね」
「そう、その通り。だからこそ今まで多くのテイマーたちは魔石スライムをつくろうと考えていた。魔石スライムに魔石をつくらせ続ければ、それは金貨や銀貨を産みだすのと変わらないからだ」
カラン、と音がしてまた一つ魔石スライムが魔石を吐き出した。
「けれど、魔石スライムに成功した人間はいなくて、魔石スライムをつくろうとする行為は不可能なこと、愚かな行為だと言われるようになり――いつの間にか、魔石スライムは愚者のスライムと言われるようになったんだ」
飼育ケージの中から魔石スライムを取り出したエイトがほほ笑む。両手の上にちょうど乗るくらいの大きさの魔石スライムは微動だにすらしない。
「でも、僕は成功した。魔石スライムをつくりだした。史上初の快挙を成し遂げたのさ」
「……おめでとうございます」
「ああ、ありがとう、ソラくん。思わず熱く語ってしまったよ」
照れたような顔でまた魔石スライムをケージの中に戻す。
「それでね、ソラくんに相談があるんだ」
「相談?」
どうやらここからが本題らしい。
「この魔石スライムを量産することができたら今の魔石市場が崩壊する。魔石の値段が一気に下がって世の中に大量の魔石が出回り、今までは希少だった魔道具がどんどんつくられていくと思う。
ダンジョンなんて危険な場所に潜る必要もなく、世界中の大勢の人間がより快適でより安全に暮らせるようになるんだ。きっと素晴らしい世界になるだろう。
でも、この魔石スライムには一つ困った問題があってね。スライムを魔石スライムに進化させるのがとても難しいんだ。僕も何度も挑戦しているけど、無事に魔石スライムに進化したのは三匹しかない。こんな少ない数じゃ全然足りないんだ。
そこで君だよ。スライムをたった一週間でウォータースライムに進化させた、まさに天才テイマーのソラくんにお願いしたいんだ! どうか魔石スライムの量産を手伝ってほしい! 君ならできる! 僕はそう確信している! 魔石スライムビジネスで僕と一緒に世界を変えてほしいんだ!」
ぎゅっと手を握って、目を輝かせて一緒に魔石スライムをつくろうと語るエイト。
本当に魔石スライムの量産が成功したら世の中は一変するだろう。ダンジョンに潜って魔石を取ってくる冒険者のような仕事もなくなり、魔道具を使ったもっと便利な世の中になるだろう。
あるいはそこまでいかなくても、つくった魔石を普通に売るだけで食っていくのに困らない暮らしができるはずだ。魔石と言うのはそれだけ希少で高価なものだから。
だからエイトの誘いはとても美味しい。魔石スライムをつくる方法をぜひとも教えてもらいたい。
「……考えさせてください」
けれど、俺は即答するすることは避けた。
「どうしてだい、ソラくん!? 魔石スライムビジネスは間違いなくこれから大きくなる商売だよ!?」
「……確かに大儲けできると思います。でも、俺にも夢があるので、少し考えたいんです」
「夢? 夢って、どんな夢なのさ? 魔石を売って大金持ちになっても叶えられないような夢なの?」
「ええ、まあ……すみません」
エイトが熱心に勧誘してくるが、俺が心変わりしないと見るとようやく解放してくれた。
「…‥残念だよ、ソラくん。まあ、心変わりしてくれたらいつでも来てくれて構わないからね」
「はい、すみません、先輩」
「ああ、それと今日ここで話したことは秘密に頼むよ? 魔石スライムのことは絶対に秘密だ。他の人間にバレたら取り上げられるかもしれないからね」
「……そうですね、バレたら大変でしょうね」
「うんうん、頼むよ。それじゃあ、またね。待ってるよ」
エイトの部屋から出て寮の廊下を歩く。
周囲にそれとなく気を配るが、誰かに見られているような気配はない。
それでも最後まで気を抜くことなく警戒しながら歩き続け、ようやく寮の自室に戻ってきた。
「……変わった様子はないな」
――誰も来なかったー。ご飯ー。
部屋の中にも軽く調べて、誰かが立ち入った痕跡がないか確認する。部屋に置いておいたマナスライムからも誰も来なかったと確認を取って、ようやく一息ついた。
「……はあ。まさか寮の中に詐欺師がいるなんて思わなかったぞ……」
魔石スライム云々と言っていたエイト。
人当たりの良さそうな顔をしていたけれど、目が違った。
あれは自分が絶対的に優位に立っていると確信した人間の目。目の前の相手を甚振って食い物にしてやろうという人間の目だ。
ああいう目をしてきた人間を昔はたくさん見てきた。
何人も、何人も、騙されて、信用して、着いて行って――一人も帰ってこなかった。
俺が孤児院に入る前に居た場所。
ダンジョンのある街のスラムで暮らしていた頃にいた詐欺師たちとそっくりな目をしていた。




