結束さんの日常
「皆勤賞って、あったよね」
気だるそうに、足元に視線を落としながら結束さんが言う。
「今思うとなんであんなものを必死に狙っていたのか、分からないんだけど」
「狙ってたの? 意外に真面目なんだね」
「意外は余計だよ、普通に真面目なの。で、皆勤賞なんだけど、あれって要は性悪説を前提としている賞だよね」
「性悪説? なんで?」
「生徒どもはずる休みをする。だからずる休みしないやつは表彰してやる」
「そんな意地悪い賞じゃないでしょ……。単に、健康管理に優れた人間を讃える賞じゃない?」
僕がそういうと、結束さんは「いやいや」と食い気味に否定する。
「動物はちょっとしたことで体調を崩す生き物でしょ。365日、毎日健康でいられるわけがない。自身の体調に気を配っても、外でインフルエンザにかかるかもしれない。交通事故に遭うかもしれない」
「まぁ、そう考えると運が絡む賞な気もするね」
「そうでしょ? なのになぜ賞を設置するのか。その答えはつまり、学校側は伝染病や不慮の事故を考慮していないことに尽きると思うんだよね。風邪で休もうが、足を捻挫しようが、わざとやってる、仮病をつかってると決めつけて、ガキどもは無駄に元気なんだから皆勤くらい余裕だろう、と」
「だからそんないじわるなわけないでしょ。何事もなく、健やかに通い続けた人間に、休みを与える代りに賞を与えるんじゃない?」
「でもね、もし皆勤賞がなかったらこんな考えが出てくる子もいるはずだよ。友達は皆風邪とかなんとかいって学校休んでるのに、僕だけ毎日学校に来てる。本当だったら僕も休みたいのに、ずるい。だからこそそんな気持ちを巧みに操るための賞だね。休みの代替にすらならないのに、安易に休ませないという効力を発揮する、恐ろしい賞だね」
「恐ろしいのは結束さんだよ……。皆勤賞ひとつでそこまで勘繰る人なんかいないってば」
「それが今の日本社会を体現していると言っても過言ではないね」
「はいはい」
「ということで明日休むから」
「皆勤賞は狙わないの?」
「ふーくんが私の代わりに出席の返事すればおっけー」
「無理に決まってるでしょ」
「ぶー、ケチ」
「だからどこにケチ要素があるんだ」
「……まあ、無理か」
少しだけ。
ほんの少しだけ陰を覗かせて結束さんが呟いた。
「急に物分かり良くなってどうしたの」
だから少しだけ。
僕も茶化すように言う。
「いつだって私は物分かりが良い人間だよ」
ムキになったように、結束さんがふくれっ面になる。
「どうだか。――ところで、今日はなんか創作の話はしないの?」
「あれ、急にどうしたのふーくん。キミが唐突に話題ぶっこむのは珍しいね」
「いや、起伏の無い日常に満足せず、いつだって刺激や知識を求めるのは創作者のあるべき姿かと思って」
「ふーん……。それじゃ、今日はそんなふーくんに免じて『日常系』の考えを言おうか」
「日常系かぁ。そういえば、RT企画で日常系はこなかったね」
「私は割と好きなんだけどね。のんべんだらりと物語が進むのが」
「うそぉ? 平坦だとつまらないとか、動機が無いとだめだとか、散々言ってたじゃん」
「もちろん平坦なのはつまらないよ。けれど日常系にはオチがあるから」
「オチ?」
「そう。四コマが最たる例だけど、日常系は基本的に短いスパンでオチを挟むんだ。基本的には一話ごとだね。日常系とストーリーものの最大の違いがそこなんだよ。オチの数」
「非日常とかバトルとかじゃなくて?」
「うん。『日常系』っていう言葉にごまかされるけど、視点人物にとっての軽い非日常は毎回起きてるんだよ」
「日常系とは」
「まあ、これは言葉選びがそもそもややこしいのが原因なんだけど、非日常って、突き詰めれば『自分に存在しない価値観との遭遇』なんだよね」
「価値観?」
「そう。異世界転生で言えば、転生先で出会った人物は自分と価値観が違うでしょ? そこで価値観の相違による衝突が起きて、バトルに発展したり、逆にそこが魅力になってラブコメとかハーレムになったり」
「あー、たしかに価値観が同じだと、そもそもバトルとか起きなさそう」
「でしょ。で、『日常系』も、毎日クラスメイトとかの『価値観』に触れて、驚いたり、感心したり、ツッコミを入れたりする」
「確かにツッコミ待ちな誇張した性格や設定は多い気もする。ゴミ屋敷作るレベルで掃除できなかったり、壊滅的なまでに料理できなかったり」
「そこは読者の日常と離すためにあえて、だね。いくら登場人物にとっての非日常だって、読者にとって『え? 私はいつもそれぐらいだけど……』みたいな共感した部分にツッコミを入れると、ズレが出ちゃうから」
「そこまで考えないといけないのか……。日常系も意外に大変だなぁ」
「いやいや。一番大変なのがオチを複数作ることなんだよ」
「そういえばオチの数が最大の違いとか言ってたね。なんとなくわかるけど、具体的にどういうこと?」
「ストーリーものと違って、日常系は大きな目標が無いから、『引き』や『続き』を作って物語を伸ばせないんだ」
「だからオチを付ける?」
「そう。『魔王を倒す!』みたいな話だと魔王を倒すためのステップがかなりあって、それを描写することで長くドラマティックに出来るけど、『自分が住んでる村の人Aと話す!』だったら、どう頑張ってもそこまで歩いていって話すだけで、引きのばそうとすると歪になるでしょ」
「まあ、確かに」
「だからストーリーものとは逆に話自体を短くして、目的を増やすんだ。『村人Aと話す』が終わったら『村人Bと話す』、『村人Bと料理について話す』『村人Cと掃除について話す』ってね。そしてきちんと各目的ごとに起伏を作る。これはストーリーものと一緒。自分と村人の設定を開示して、衝突や対立をして、解決する」
「そういう見方で見れば、各話で盛り上がり部分はあるのか」
「話全体でみるとなんてことはない日常だけど、その中の一つ一つのエピソードが新しい発見で満ちている、ってことだね」
「なるほどね。そういう意味では僕や結束さんのように、なんてことのない日常もある意味物語である、と言えなくもない」
「上手いこと言った、みたいな感じが鼻につき、非常に不快感を覚えます」
「なんで酷評するの?」
「まあ、その日常も、ずっとは続けるのは不可能だけどね。いつかは終わりが来る」
「そりゃそうでしょ。永遠に続く日常なんてありえない。日常系のマンガだって、打ち切りやネタ切れ、しまいには飽きた、なんて理由で畳まれるんだし――」
「そういう意味じゃないよ」
それは否定の言葉だった。
なのに、その声色はとても優しくて、けれど寂しい色を含んでいた。
「もうそろそろかな、とは思ってたんだけど、思ったより早かったみたい。私、明日からふーくんに会えなくなるんだ」
「へ?」
意味が分からなかった。
「明日休む、って言ったでしょ。明日だけじゃない。私はもう、ここには来ない」
「……なんで? 冗談だったんじゃないの?」
だけど彼女は僕の質問に答えずに、静かに立ち上がる。
「さようなら、ふーくん。楽しかったよ」
そして、いつもは部屋に置いておくコーヒー用のマグカップをカバンにしまい、結束さんは部屋を出て行った。




