第9話
王宮のシャンデリアが、マリアの金糸の髪を神々しいまでに照らし出していた。
ヴァレリア公爵家の令嬢としての、彼女の正式な社交界デビューの夜。
かつての安っぽい男爵令嬢のドレスとは違う、最高級の絹と魔石の装飾を纏った彼女は、誰もが息を呑むほどに可憐だった。
本来のシナリオであれば、ここで彼女は無垢な笑顔で青年貴族たちを虜にし、アルヴィンとの愛を深めるはずの甘いイベントだ。
実際、彼女の周りには獲物を狙う羽虫のように、多くの男たちが群がっていた。
しかし、今のマリアにとってこの煌びやかな舞台は、甘いロマンスの場などではない。
愛するお姉様、リゼットの不利益になる害虫を駆除するための、絶好の狩り場だった。
マリアは恥じらうように目を伏せながら、アルヴィンの側近の一人である若手官僚に微笑みかける。
「まあ、そんな素晴らしい政策を考えていらっしゃるのですね。でもお姉様、いえ、ヴァレリア公爵家は別の案を推していると伺いましたわ」
甘く舌足らずな声で煽られた官僚は、マリアにいいところを見せようと、自派閥の裏工作や弱みを次々と得意げに口走り始めた。
愚かな男、とマリアは心の中で冷笑する。
彼女は完璧な純真さを偽装したまま、男たちの欲望を操作し、有益な情報を引き出し、リゼットの敵となり得る者を静かに社会的に抹殺していく。
かつてヒロインであったはずの少女は、今や最も美しく、最も恐ろしいリゼットの猟犬へと変貌を遂げていた。
◇ ◇ ◇
一方、王宮の執務室では、王太子アルヴィンが苛立ちと共に書類を床に叩きつけていた。
マリアは完全に自分から離れ、リゼットの忠実な手駒として動いている。
自分が救い出し、愛を注ぐはずだったか弱い少女は、もはや彼に向けられていた甘い視線を一切見せない。
そして何より彼を狂わせているのは、自分を歯牙にもかけないリゼットの冷ややかな横顔だった。
かつては自分の愛を乞うていたはずの女が、今は圧倒的な力で彼を見下ろしている。
その事実が、彼の砕け散ったプライドを醜く歪ませ、泥のような執着へと変えていた。
リゼットをこちらへ振り向かせるには、どうすればいいか。
まともな手段では、もはや彼女の関心を引くことはできない。
アルヴィンの濁った瞳が、机の上に残された隣国との魔石関税交渉の決議案を捉えた。
国庫の安定を左右する、極めて重要な外交案件。
彼はペンを握ると、その決議案にわざと破綻を招くような法外な条件を書き加えた。
交渉は確実に決裂し、国の財政には取り返しのつかない大穴が開くことになるだろう。
だが、それでいいのだと彼は暗く歪んだ笑みを浮かべる。
国が傾くほどの危機に陥れば、魔石市場を握るリゼットが必ず事態の収拾に動くはずだ。
自分を助けるため、いや、国を支配するために、彼女は再び自分の目の前に現れ、自分を見つめることになる。
かつての清廉なヒーローは、ただ一人の女の関心を引くためだけに、自らの国を炎に包む狂人へと堕ちていった。










