第19話
午後のティータイム。柔らかな日差しが降り注ぐテラスで、リゼットの隣の席を巡る「戦争」が幕を開けた。
アルヴィンは王太子としての誇りを捨て去り、リゼットのカップに冷めないよう魔法で温度を調整した紅茶を注ぐ。
「リゼット、この茶葉は君のために特別に改良させたものだ。他の誰にも淹れさせたくなかった」
マリアはその言葉を鼻で笑い、リゼットの膝に甘えるように頭を預けた。
「あら、そんな小細工。お姉様、今日は私が選んだお菓子を召し上がって。毒見は済んでますわ、私の命をかけて」
レオンハルトは皮肉な笑みを浮かべ、リゼットの前に一通の極秘文書を差し出した。
「茶番はよせ。リゼット、隣国の軍部が秘密裏に動いている。君が望むなら、今夜中に叩き潰してやろう」
三人は互いに殺気立った視線を交わし、リゼットのわずかな視線の動きに一憂一憂している。
誰かが一歩抜きん出れば、他の二人が結託してそれを引き摺り下ろす。
互いの弱みを握り合い、常に喉元に刃を突きつけ合うような牽制。
リゼットはその中心で、彼らの醜くも情熱的な「愛」を、最高のエンターテインメントとして消費していた。
◇ ◇ ◇
夕暮れ時、誰もいなくなった執務室に、かつてのシステムの残滓が頼りなげなノイズと共に浮かび上がった。
最終警告。真の安寧への道を選択してください。
ウィンドウは、三人の怪物を排除し、平穏な領地で清廉な夫と穏やかな老後を過ごすという、かつての転生で何度も見せられたハッピーエンドを提示している。
隣国の使節からも、彼らの魔の手から救い出し、自由を保証するという甘い誘いが届いていた。
リゼットはそれらを一瞥し、心の底から湧き上がる退屈な欠伸を噛み殺した。
誰かに守られ、波風の立たない池の魚のように生きる終焉。
十一回の人生を費やして、十二回目でようやく手に入れたこのヒリヒリとする快楽を、どうしてそんな砂を噛むような退屈と引き換えにできるだろう。
リゼットはシステムの警告を無造作に握りつぶし、わざとらしく三人の耳に入るように呟いた。
「お隣の国から、私を連れ出したいという熱烈な求婚が届きましたわ。どうしましょうかしら」
その瞬間、部屋の外で三つのどす黒い殺気が膨れ上がるのを感じ、リゼットの唇は悦びに歪んだ。
彼らを絶望させ、より深い狂気へと突き落とすことで、この美しい泥沼を永遠に維持する。
彼女にとっての正解は、いつだってシステムの想定外の場所にあった。
◇ ◇ ◇
夕闇が王宮を包み込み、部屋には暖炉の火だけが赤々と揺れている。
窓の外では、隣国への宣戦布告に近い軍事行動をレオンハルトが指示し、アルヴィンは外交ルートを遮断するための謀略に走り、マリアは使節の暗殺計画を悦々として練り上げている。
三人はもはや、リゼットを奪われる恐怖によって、かつての敵対関係さえ忘れて一つの狂った意志として機能していた。
リゼットは、アルヴィンが淹れ、マリアが毒見をし、レオンハルトの私兵が守る中で運ばれてきた紅茶を一口啜る。
喉を通る熱い液体は、ほんのりと花の香りがして、そして微かな殺意の味がした。
十一回の人生、十一回の死。
辿り着いたのは、聖女の微笑みでも、静かな隠居でもない。
愛と憎しみが煮凝りのように固まり、自分を中心に回り続ける、この至高の泥沼。
リゼットは、狂気に染まった三人の背中を愛おしげに見つめ、そっとカップを置いた。
「退屈な平和なんて、死んでもお断りですわ」
彼女は、鏡の中に映る自分に、そしてこの終わらない愛憎劇に、極上の勝利の微笑みを向けた。
物語の幕は一度降りる。けれど、リゼットの特等席での観劇は、明日も、その次も、永遠に続いていく。
(完)










