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嫉妬の使徒

 カツカツと闇の向こう側から聞こえてきた足音に宗田と唯が目を向けると、輪郭が少しずつ鮮明に見えてきた。


 「真奈、下がっていいよ」

 その言葉に従うように、真奈は腰にぶら下げていた刀から手を離して後へ下がる。


 「どうも。初めまして」

 真奈の横に男が並ぶように足を止める。

 「竹内 紫苑(たけうち しおん)だ。コミュニティのリーダーを務めさせてもらってる」

 唐突に戦闘を打ち切られて、そいつが名前を名乗った。

 少しだけずれ落ちた眼鏡を直し、額にさらりとかかった髪を手でかき分ける。


 「お前……? なんだ? 私の邪魔をするのか?」

 唯の言葉には明らかに怒気が混ざっている。

 低く唸るような言葉だったが、紫苑(しおん)と名乗った男は顔色一つ変えずに唯を見ていた。


 「いや。なに。すまないね。少し試させてもらったんだ」

 「試す? どう言うことだ?」

 宗田が聞き返すと、紫苑は考えるように軽く目を瞑り、ゆっくりと口を開く。

 唇がかすかに震えると、そこから低いけど通る落ち着いた声がした。


 「アリス君と剛君には事前に話を聞かせてもらっていてね。君達の強さ、特に唯君に興味があってね。真奈に演技をしてもらったのさ」

 紫苑は淡々と話す。

 「え? 紫苑さん、俺そんなの聞いてないっすよ!」

 「僕も僕も!」

 アリスと剛が抗議の声を上げた。

 紫苑は一瞥して少しだけ多く息を吐く。


 「君達は……演技が下手だからね。敢えて教えてないよ」

 そう言うと、アリス「えぇ〜!」と声を上げるが、紫苑はそれに答えることはしなかった。

 

 「どうも。唯君は強い、だけど宗田君のことになると暴走しちゃうらしいじゃないか。いくら強くてもそんな危険な人物を受け入れると思うかい?」

 紫苑が吐き捨てると、宗田は無意識に奥歯を噛み締める。


 「だから、敢えて――挑発したんだよ」

 そう紫苑が言った瞬間、宗田の頭の中でなにかが弾けるような気がした。

 純粋にコイツが気に食わない。

 そう思った時には足を踏み出し、拳を突き出していた。


 「はーい。お兄さん、ストップだよ」

 すると今まで黙っていたベリルが間に入る。

 アスエラとの戦いの時に見せた黄金の魔法陣が、紫苑の顔を守るように展開すると、宗田の拳を簡単に受け止めた。

 

 硬い壁を殴った時のように右の拳が痺れる。

 皮膚が少しだけ裂けたのか、ピリッとした痛みが走った。

 

 そのおかげで少し冷静さを取り戻した宗田は、ベリルの突然の行動に腹を立てて睨みつけるが、本人は気にした様子もなく紫苑の顔をじっと見ている。


 「むっ、今のは? 君はなんだ?」

 「うんうん。僕は凄い精霊さ。ところでなんだけど、僕達を試したんでしょ? 合格なの? それとも不合格?」

 ベリルは紫苑の疑問を適当にあしらい、答えを急かす。


 「ふむ。限定的に合格……と言ったところか」

 考えるように右の指先で自分の顎を軽く撫でて紫苑がそう返す。


 「へぇー、限定的……どう言う意味?」

 ベリルの声はいつものふざけた雰囲気はなく、真剣に紫苑の顔を見つめている。


 「なに。最初の挑発……真奈が抱きついても唯君は暴走しなかった。まぁ、それも宗田君がなだめてくれたからだが」

 最初から紫苑は見ていたらしい。

 そうやって勝手に試すような真似をされたことに、さらに徐々に怒りがこみ上げて、拳を強く握ってしまう。

 紫苑は宗田の行動を見るが、特に反応を見せることなく話を続けた。


 「剛君達が言うには鬼神のような強さだったらしいが、宗田君への思い……執着が強いらしい」

 紫苑の言葉にはあまり抑揚がなく、何を考えているか読めない。

 

 「強さは魅力だが、それに自制があるかどうか知りたかった。まぁ、宗田君がいる分にはある程度マシと言ったところかな。だから、限定的に合格と言うわけだ」

 

 紫苑が一通り説明を終えると、ベリルが少しだけ考え込むように下を見た。

 そして、再び見上げるように顔を上げて、紫苑に向かって口を動かす。


 「ふーん。なら、お兄さん……がいないならどうだったの?」

 「それなら不合格――受け入れるつもりはない」

 紫苑がそう言い放つ。

 

 彼の言葉が宗田の胸の奥に食い込むように沈んでいく。

 肩越しからチラリと唯を見ると、少しだけ殺気が薄くなり、悲しげな雰囲気を纏っているように見えた。

 それを見て宗田は唯の元へ近づいて、優しく手を握ると構えていた斧をゆっくりと下げる。


 彼女を傷つける奴は嫌いだ。

 ただ、それだけ。


 「あっ、そう。なら、こっちから願い下げだわ。じゃぁな」

 

 唯の手を引いて、宗田がこの場を去ろうとすると、ベリルに止められる。

 「お兄さん、ちょっといい?」

 「なんだ?」

 ベリルに手招きされて頭を下げると、耳打ちしてきた。

 「あの真奈って人さ――"嫉妬"に魅入られてるよ。あれ、演技じゃないかも……」

 

 ベリルの言葉に宗田はなにも言えなかった。

 "嫉妬"つまり葵と同じように、このままでは体を乗っ取られてしまう。

 葵の最後の姿を重ねてしまうと、息が喉の奥で詰まった。


 あの黒い瞳はそう言うことか。


 「宗田さん?」

 宗田の異変を感じ取った唯が、赤い瞳をこっちに向けている。

 「唯……真奈が"嫉妬"に魅入られてる……らしい」

 そう伝えると、唯は少しだけ驚いたように目を開いたが、すぐに元に戻る。

 そして、口元を鋭く吊り上げると

 「これで、殺す口実ができました」

 嬉しそうに笑っていた。


 「お姉さん、それはだめだよ。お兄さんに嫌われちゃうよ?」

 「……え? 宗田さん私を嫌いになるの?」

 ベリルが宗田に目配せする。

 「あ、え? 俺? いや、まぁ……うん」

 

 「それって、まだ好きだからってことですか?」

 「ち、違うよ! 知り合いがそうなるのは嫌なんだ……好きとかは、本当に無いよ」

 「そうですか……。それなら、殺すのは一旦諦めます。ただ、宗田さんに危害が及ぶなら容赦できません……」


 唯から吹き上がった殺意がすっと引いていき、瞳が元に戻る。

 「うんうん。二人とも聞き分けがあって良かったよ」

 「ほっといたらどうなる?」

 「間違いなく、紫苑ってやつのコミュニティは壊滅するだろうね。それも惨たらしい殺され方するかもね」

 

 宗田は一度だけ真奈へと目を向けると唯を射抜くように見ていた。

 こちらに向けられる視線には、なにかドロリとした得体のしれない感情が込められているように見え、少しだけ体がこわばるように重くなる。

 

 瞬き一つしない真奈の異変には、横に立っている紫苑も気づいてない様子。

 宗田はベリルに向き直ると、もう一度話かけた。 

 

 「ベリル……なんとかできる?」

 「お兄さんと同じように封印すればいいんだけど……魔力足りないよ」

 つまり、魔王の元に行くのにも、真奈の暴走を防ぐにも魔石が必要と言うことか。

 「最悪、完全に乗っ取られたら……お兄さんとお姉さんでどうにかしてもらうしかないかな」

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