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合流

 夜の薄明かりに照らされて、伸びた影があった。

 その内のひとつがこっちに向かって元気に手を振り、もうひとつは片手をズボンのポケットに手を入れてぶっきらぼうに近寄ってくる。


 だけど、影は一つ多かった。

 そのシルエットがはっきり見えてくると宗田の口がポッカリと開く。

 そこから勝手に漏れたのは一人の名前。


 「……真奈?」

 宗田が呟くと向こうも気づいたようで、足が止まる。

 

 「アリスは少しは落ち着きなさい。ほんとにもう……え? 宗君……?」

 スラリとした体躯に、腰辺りまで伸びた黒髪を一つにまとめている。

 真奈はあの日と変わらなかった。

 

 宗田は思わず息を飲み込み、壁に預けていた背中を浮かせる。

 そして、数秒彼女を見つめていると向こうも気づいたようでこっちに向かって走ってくる。

 

 彼女が一歩地面を踏むたびに、ひらりと一本縛りの髪が揺れ、悪臭をかき分けるように懐かしい匂いが鼻の奥に届いてくる。

 そして次の瞬間には、以前よく感じていた彼女のぬくもりが宗田の全身を包んだ。


 「良かった……無事で」

 首筋にかかる彼女の吐息と、同じ高さにある頭の重さがじわりと肩に乗ってくる。

 一瞬、自分の手が真奈の背中を支えようとしたが、力なく下に落ちる。

 突然の再会に宗田は彼女を抱き返すでもなく、ただ、立ち尽くすしかなかった。

 喜びと、自分から離れてしまった光景が交差するように頭の中を何度も通り過ぎるて、次に出た言葉は真奈を拒絶する声だった。

 

 「真奈……離れて欲しい」

 濁った声。

 それが自分のものだと気づくのに、少し時間がかった。


 「あ……ごめんなさい。つい……嬉しくて」

 宗田の言葉に気まずそうに真奈が離れて距離を取り、下唇をわずかに噛んで下に俯く。

 「……久しぶりだね。そっちも無事でなによりだよ」

 その言葉を最後に二人は無言となり、微妙な空気が漂う。


 「この人って……前に話してた……?」

 唯の発した言葉は何かに耐えるように震えていた。

 

 真奈を真っ直ぐ見据え、その瞳の半分が赤に染まりそうになっている。

 右手の甲の筋が浮かび上がるくらいに大斧の柄を強く握り締め、少しだけ前屈みとなってる彼女は獰猛な獣と化していた。


 唯が前に出ると宗田と真奈の間に入り、庇うようにして睨みつける。

 

 背中越しでも分かるくらい唯の周囲の空気がひりつく。

 純粋な殺意と言うよりは怒気に近い。

 その圧力に宗田は息が詰まりそうになったが、強引に吐き出して唯に一歩足を踏み出した。


 「堪えてくれて……ありがとね」

 そっと左手を包み込むと、唯にできる限り優しい言葉を投げた。

 彼女がこっちを向くと、宗田が笑顔を向けてかすかに頷く。

 

 それを見て、唯が瞳を強く瞑り息を整えるように大きく吸った。

 そして、次に目を開けた時には瞳を染めかけていた濁りがすっと引いていくように消えていく。

 荒く上下した肩が少しずつ落ち着き、張り詰めた空気が四散する。

 すると、宗田の視界の左端に影が映る。

 

 「およ? お二人は知り合いだったの?」

 それはアリスだった。

 伺うようにそっと顔を覗かせて、不思議そうに宗田と真奈を何度も見てきた。

 「ははーん。そう言うことね」

 なにかを感じ取ったかのように目を細め、何度も頭を上下させ頷きを返す。

 

 「――わーい! アリスねーちゃんだっ! いえーい!」

 変な空気なんて知ったことないと、ベリルが元気な声でアリスの名前を呼んで走り寄り、ハイタッチを交わす。

 それを合図に、停滞した空気が再び動き出し、各々が好き勝手に話し始めた。

 

 剛は張りのある声で、「アニキ! 姉御!」と喜んでいる。

 宗田は全員を眺めるように見て苦笑をこぼしたが、たくさんの人が生きている事実に重かった腹の中が軽くなった気がした。


 「――おほんっ」

 真奈がわざとらしく咳払いを一つすると、みんなの視線が一つに集まった。

 「えー、なんと言うか……みなさん、ご無事でなにより。それに……」

 彼女は最後になにかを言おうとしたが、全てを話す前に口を閉じてしまった。

 少しの間を置いてなにかを飲み込むように喉元が動いて、再び口を開く。


 「とにかく、一旦移動しましょう」

 真奈の言葉に宗田が頷いて、移動を開始した。


 ――――


 「私は橋本真奈よ。コミュニティの自警団のリーダーをしてるわ」

 移動しながら軽い自己紹介をしている。

 「僕は、ベリルでーす!」

 ふざけたように手を上げながら、ベリルが元気に自分の名前を告げると、真奈が優しい笑みを浮かべる。


 「外国の子かな? 無事で本当に良かった」

 真奈に近づいたベリルの頭を優しく撫でて、軽く抱き寄せるようにする。

 その光景を後ろから見ていた宗田は、子供が好きだった彼女のことを思い出す。

 懐かしいな、と思っていると横を歩いていた唯も口を開いた。


 「……神崎唯」

 自分の名前だけを告げた唯の声色は、濁っているように低い。


 「ベリルちゃんに神崎さん、ね……よろしくね」

 真奈が一瞬足を止め後に振り返ると、唯を真っ直ぐに見て、そう口にする。

 唯も足が止まり、真奈の瞳を見つめ返す。


 「さっきも思ったけど、あなたは宗君の――なに?」

 真奈の瞳には敵意が込められているように見えた。

 唯の目が細く尖ると一歩前に出る。


 空気が一瞬で冷やされて脂汗が噴き出るほどの汗を感じた。


 「なんで、そんなにベタベタしてるの? 気に食わないわね」

 真奈の声が深く沈む。

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