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みんなでお出かけ

 「二人とも、忘れ物はありませんかー?」

 玄関を出る前に、唯が二人へ呼びかけた。

 「大丈夫だよ」

 「なんも持ってくのないから、大丈夫でーす!」

 ベリルと宗田の返事が被ると、唯が先頭に立って玄関の扉を開けた。

 ゆっくりと、外の様子を確かめるようにして足を一歩前に踏み出す。

 ジャリッと割れたガラスを踏む音が、宗田の耳に届くと、汗がポツリと肌を流れた。

 

 「うん。ゾンビはいないみたいですね」

 唯が肩越しにこっちを向いて、声をかけてくる。

 玄関から外に出るだけで、こんなに緊張するのかと宗田はうんざりするように肩を落とした。


 「う〜、今日も暑いです。熱帯夜ですよ〜」

 唯は愚痴をこぼしながら、肌にまとわりつく服を指先で摘んで、中に空気を押し込んでいた。

 宗田も外に足を踏み出すと、変わり果てた自分の部屋を一瞥する。

 

 アパートの中に籠もっていた安らぎの時間は終わり、現実を無理やり押し付けられて心底嫌になる。

 自然と顔がこわばり、顔を唯に向けることすら、自分の意思と離れているように思えた。


 「ねぇ、思ったんだけど……普通はお兄さんが先頭をきって、外の様子を確かめるんじゃないの」

 不意に漏らしたベリルの言葉に、宗田は顔を逸らす。

 「いや、まぁ……はははっ」

 「笑って誤魔化さないの! かっこ悪いなぁ〜」

 呆れた様子でベリルがこっちを見ていると、やり取りを見ていた唯が小さく笑った。


 「ふふっ。いいんですよ! ゾンビでもグールでもなんでも、出てきたら頭を握り潰してやりますから」

 唯がしかめっ面で、わざとらしく手をギコギコと動かして見せた。

 頼もしいことこの上ないし、彼女なら本当にやるだろうと思えてしまう。

 

 「それに、私が宗田さんに言ったんですよ。武器もありますし――何かあれば"私が守ります"」

 唯の言葉を聞いた時、宗田は少し息苦しさを覚えた。

 この世界に変わってから間もない頃に、唯はすぐに泣いていたことを思い出す。

 「二人で生きよう」そう誓って、宗田は唯を守ると決意していた。

 

 ――彼女のためなら狂う。

 

 そう思ったはずが、今となっては立場が逆になってしまっている。

 保身に走り、そのためなら彼女の好意を利用し続け自分を保つ。

 それが今の自分だった。

 

 初めてゾンビを殺したあの日のこと。

 その時に誓った決意が少しばかり揺らいでいるようで、頭が押さえつけられるように重たくなる。


 「お出掛け、楽しみですね!」

 唯の何気ない一言に視線を向けると、この狂った世界で彼女だけが浮いているように見える。

 彼女はこの世界に馴染み、あまつさえそれすらも飲み込もうとしているかのよう。

 自分だけが置いてきぼりにされているようで、たった数十センチの距離が、果てしなく遠くに感じられる。


 「ほらほら、ぼさっとしてないで早く行こうよ!」

 ベリルの声で宗田が我に返る。

 「ごめん……暑くてぼーっとしちゃってたみたい」

 そう言うと「もうっ!」とベリルが声を上げてきた。

 

 「ごめん、ごめん。それじゃぁ、扉……しまうね」

 ベリルと唯に声をかけると、宗田は消えろと念じる。

 すると、床に飲み込まれるように記憶商店のアパートが完全に消えていった。


 「なんか……少し寂しいですね」

 唯が呟くと、この部屋での思い出が宗田の頭を通り過ぎる。

 その中で、一人の女性と過した日々をなぜか思い出していた。


 「……真奈」

 どうしてその名前が出たかは分からない。

 きっと夢で過去を見てしまったからなのだろう。

 その名前が荒れ果てた、部屋へと吸い込まれていく。


 「ん? 今、なにか言いましたか?」

 「いや……なんでもないよ。ただ、俺も少し寂しくなっただけ。それじゃ、行こうか」

 唯は宗田の言葉を聞き取れなかったみたいで聞き返してきたが、誤魔化すことにした。

 

 ベリルと唯が前を歩いている。

 ふと玄関を出る時に、後へと振り返ると一瞬だけ"真奈"の幻影が見えた気がした。

 

 それが割れた窓から入ってきた風に掻き消されて四散すると、胸がずきりと痛む。

 荒れ果てた世界で会うことはないだろうけど、どうか無事でいて欲しいと、祈るように一度だけ強く目を閉じた。


 「夢ひとつでこんなにも……女々しすぎるだろ、俺」


 閉じ瞳を開けて顔を真っ直ぐに向ける。


 「……じゃあな」

 

 そう言って、玄関の扉をそっと締める。

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