↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/239

いつかの影

 いつも目を閉じて、瞳を開ければ唯の姿がそこにあった。

 当たり前のよう存在する彼女に、ほっとすると共に彼女の好意を利用しようとする自分に苛立ちと情けなさが纏わりつき、純粋な気持ちを奥に引きずり込もうとする。


 久しぶりに夢を見た。

 それは唯と楽しくデートをする夢だ。

 それこそ、いつものファミレスで唯が「マグマバークディッシュ」を頬張っている。

 それを見て、自分が小言を言ってふざけ合っている日常だった。

 

 もう二度と帰ってこないあの頃に、恋焦がれるように焦燥感に似たそわそわとした感じに、呼吸がしにくく感じる。

 引き剥がそうにも何度も何度も執念深く、過去という影は喉を締め付けていた。


 やっと呼吸が楽になった。


 「――宗君」


 その声を久しぶりに聞いたが、思い出せない。

 それより……唯はどこに?

 

 「今日もゲーム?」


 良いところなんだから、もう少しだけ。


 「もう、しょうがないね」


 自分がゲームしているところを隣でおとなしく見ている女が、突然口を開く。


 「別れましょう」


 その声は、いつもの柔和な声音はなく低く鋭かった。


 「え?」


 宗田はその言葉を理解するのに数秒は要したかもしれない。

 コントローラーを床に落として、口を開こうにも呆然と眺めることしかできなかった。

 画面には聞き慣れたBGMが流れ、その音楽がずっと耳を素通りする。


 「待って――"真奈"」す


 ようやく体に自由が戻り、追いかけようとした時には遅かった。


 「そいつ……誰?」


 男と二人で車に乗り込む彼女の姿に、宗田の肩が震える。


 「こいつ、"真奈"の元カレ? あー、なんか冴えないね。別れて正解じゃね?」

 「ほっといて、早く行きましょう。宗君、バイバイ」


 そして、目の前から姿を消してしまう――


 ――――

 

 「――宗田さん! おーい! どうしたんですかー?」

 誰かが体を揺すってくる。

 「……え? あっ、ごめん。ぼーっとしてた」

 彼女の顔がすぐ傍にあった。

 「どうしたんですか? 顔も青いですし……失礼しますね」

 唯の手の平が額に触れると、しっとりとした感触に少しだけ指先がひんやりとしていた。

 だけど、冷え切った心を溶かすには十分で、氷が溶けると共に心臓の鼓動が速くなる。


 「ん〜、これは……ん~ん〜ん〜」

 唯は何度も考えるように唸って、手を離そうとしない。

 そう言う宗田もその心地良さから離れて欲しくない。

 なにも言わずに彼女に身を委ねている。

 すると、視界の隅に銀色の影がひらりと見えた。


 「にしししっ! お兄さんお姉さん、何してるのかな〜」

 悪戯な笑みを浮かべたベリルに気づいた瞬間に、唯は素早く手を引っ込めてしまう。

 宗田の額に当てた手を逆の手で握り、その温もりを逃さないようにする。

 ただ、恥ずかしいのか耳まで大きくそっぽを向いた彼女の頬が凄く赤らんでいた。


 「お前って奴は……」

 邪魔をしてきたベリルに、宗田は忌々しげに視線を向ける。

 しかし、ベリルは気にした様子もなく、口笛を吹くように唇を尖らせ、両手を頭に回したまま明後日の方向を見て、文句を垂れる。

 

 「だってさー! いつも僕を忘れるんだよっ! 酷いじゃんか!」

 言動はまるで子供の嫉妬で可愛らしく思えるが、ふとした拍子にベリルの得体のしれなさを思い出すと素直に、可愛いとは思えない。


 「あー、はいはい。それは悪かったな」

 宗田はベリルの髪の毛をぐしゃぐしゃにしながら、ぶっきらぼうに言うと、はしゃぐように笑っていた。


 「えへへっ! ところで"これ"試さないの?」

 ベリルが指さした先はテーブルの上。

 そこには、先日報酬として手に入れたポーション製造機が置いてある。


 「そ、そうでした! 早く試しましょう!」

 自分の恥ずかしさを誤魔化そうとする唯は、強引に話題を変えてくる。

 

 「よし! 使ってみよう! って、どうやるんだこれ?」

 説明書も何も無し。

 あるのは


 ・スタミナポーション

 ・治癒ポーション

 ・魔力回復ポーション

 ・状態異常回復ポーション


 と書いてある表示と、その下にボタンがある。


 「ここに、魔石投入口って書いてありますね」

 唯が指をさしたところを見ると、自販機の小銭を入れるような物がついている。

 違いがあるとすれば、小銭を入れるように細長い穴じゃなくて、小さくて丸い穴が空いている。


 「試しに入れてみようか?」

 適当に魔石を一つ入れてみる。

 最初は上質ではなく、普通の魔石。

 カランっ音を立てると、ボタンが薄緑色に光った。


 「お、ボタン光ったぞ。てか……ドリンクバーってよりは小さい自販機だな」

 見た目はファミレスとかに置いてある飲み物を注ぐ機械だが、使い方はジュースを買う自販機である。

 宗田は試しに、スタミナ回復ポーションのボタンを押す。


 「なんか、音がしますね」

 唯がそう言うと


 ――ガタ……ゴトッ


 「出てきた!」

 正面についた穴から、液体が入った小さい瓶が出てきた。

 恐る恐る宗田が手に取ると、冷えていて冷たくて、気持ち良い。

 肌触りも普通の瓶とは変わらず、その表面にはシールのようなものが貼られてる。

 すると横から覗き込んでいた、唯が口を開く。


 「あっ、何か書いてありますね」

 シールのようなパッケージには

 "記憶商店スタミナ回復ポーション(超極小)"

 と記載されている。


 「また、記憶商店?」

 「本当ですね。でも、知ってる名前だったんで、少し安心です」 

 提携でもしているのか? と思うが、このアパートからもそこまで警戒する必要はないと思われる。

 「――ちょっと飲んでみるね」

 金属でできたキャップを回すと、キュッポンっと軽快な音を奏でた。

 そこから漂ってくる薬品のような匂いは、栄養ドリンクそのもの。

 宗田はそれをゆっくり口に運ぶ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。