ぐるり
ベリルの瞳には、さっきまで興奮したような色はなく、その奥には永遠と続くような深淵が住んでいた。
光と闇が混じり合い、混沌とした世界が真紅の瞳の奥に存在する。
「あ……いや、それは」
宗田が質問にたいしてうまく答えられないと、ベリルの奥にある混沌がざわめいた。
「それは酷いな〜。お姉さんは、お兄さんのためにあんなになったのに、少し人と違うのが怖いのかい?」
ベリルの言葉の一つ一つが容赦なく、胸の内側を抉り取る。
宗田は下唇を噛み締め俯くと、ベリルが叩き落とすように次の言葉を紡いだ。
「まぁ、お兄さんもお姉さんと変わらないくらい、"化け物"だけどね。自分で気づかないでしょ? 一緒だよ〜」
化け物と言う言葉を聞いて腹の奥が熱くなると、胃酸が喉の中腹まで迫り上がる。
それを無理やり押し戻したが、ベリルの言葉に宗田は何も言い返せなかった。
何も言わないでいると、痺れを切らしたベリルが再び口を開く。
「大丈夫? 後ろで怯えてる二人。今はお姉さんに怯えてたけど、お兄さんには怯えてなかった?」
そう言われた瞬間、二人が自分を見た時に恐怖に染まったように、動けなかったことを思い出す。
顔を上げた宗田の顔を見ると、口元に三日月が貼り付けられたかのように大きく笑う。
「ほらね。同類同士――仲良くしないと」
ぐるりと再び顔を戻すとそれ以降、宗田に話しかけることはなく、唯の戦いに熱い視線を送り続けていた。
化け物、同類。
その言葉が脳裏から離れない。
頭の中で、なにか理由を見つけては合理化するようにそれを否定し続ける。
喉の奥から迫り上がる不安が口元まで迫ると、歯を強く噛み締める。
ぎしりと鳴った音が鼓膜を揺らすと、怒りが込み上げベリルを睨み付けるが、反応が返ってくることはなかった。
頭の中で今の自分を否定し続け、自分の居場所はこの世界じゃないと思い込む。
それが正しくて、自分が壊れない――唯一の方法なんだから。
守るためには魔王だって殺すよ?
それでいいじゃないか。
唯だってそう思うだろ?
――――
「うふ、あははっ、また死んじゃった。宗田さんとお話したいんだから、早く死んでください」
自分とは違い、全てを受け入れた唯は凄く楽しそうだった。
怪物を一体屠るたびに、可愛らしい笑顔が少しずつ口角が吊り上がり、最終的には邪悪な笑みと変わる。
縁のくっきりとした瞳も鋭く尖り、その中心には赤い残像が筋を作っている。
自分の狂気を認めた姿に、宗田の未来を映しているようで、いつかそうなるのかと思うと体が寒気を感じる。
だけど、自分の感情を隠すことない彼女は自分より生きているように見えた。
「――これで、最後ですね」
唯が怪物の両足を斧で切断すると、倒れる瞬間に軽く蹴り上げた。
重力に逆らうように体が宙に浮くと、唯の姿がブレる。
その瞬間、肉の断片と化した怪物が地面に振り注いだ。
「ふう。終わりましたね。かなり、汚れちゃいました」
おでこの汗を拭おうと腕で擦るが、汗の変わりにドロリとした液体がつく。
唯は慌てて服で拭こうとしたが、全てが紫に染まり諦めて肩を落としていた。
諦めたようにため息を漏らし、とぼとぼとした足取りでこっちに向かってくる。
「はぁ〜、疲れましたよ。数だけは無駄に多いんだよね。あっ、宗田さん!」
急に声を張り上げて名前が呼ばれると、唯が宗田へとズカズカと近寄ってきた。
「あれだけ言ったのにまた一人で出歩いて! それに、もう少し遅れたら死んじゃってましたよ!」
普段よりも何倍にも声を張り上げて怒ってることを隠さない唯が、まくし立てる。
それに宗田は謝り続けるが、以前の二の舞いで、唯の矢継ぎ早に飛んでくる言葉は途切れることはなかった。
「――今回は許しませんよっ! あっ、目にあいつらの血が……もう!」
ドロリと唯の瞳に紫の液体が垂れると手で拭うが、手の平についた血が更に目を塞ぐ。
肩に担いだ斧を地面にそっと置くと、何度も目を擦っていた。
「唯、ちょっといい?」
宗田が手を伸ばす。
「え?」
唯が驚いたように上体が強張った。
「目、瞑ってて」
宗田は汚れてない手で顔についた血を拭うと、唯がゆっくと目を開けてると、濁った赤い瞳と目があった。
その瞬間、血液を送り出すのを忘れたかのように心臓が軋み瞬きすらできなくなる。
すると、
「……宗田さんは、まったくさんです! もうっ!」
と、吐き出すように声を出しそっぽを向いた
首筋まで赤く、よく見ると耳まで真っ赤にして、目を伏せている。
横を向いたおかげで動けない体が自由になり安堵すると、唯の口が何かを呟くようにもごもごと動き、口元から乾いた怪物の血液が剥がれた皮膚のように落ちる。
「次は、本当に許しませんからね。嫌いです!」
――――
あのさ……唯。
さっきは怖いって思ってごめんね。
君が怖いんじゃないんだ。
唯を見てると自分もいつかそうなって……
そうなったら消えてしまいそうなのがたまらなく怖い。
ただ、それだけなんだ……。
いつか受け入れて、君と肩を並べて戦えるようになるからさ。
もう少しだけ――人でいさせて欲しい。




