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卵焼き

 「はい! おはよう! さあ、おはよう!」

 今回の目覚めは騒がしい声らしく、目を開ければルビー色の双眼が覗き込んでいた。

 それを薄く開いた瞳で軽く見てからすぐに閉じるが、今度は体を揺さぶられる。


 「お姉さん! お兄さん、まったく起きないよ!」

 困り声で唯に助けを求める声が、ベリル口から吐き出されると、もう一つ近寄ってくる気配を感じる。


 「寝顔……可愛いです」

 「えぇ〜……お姉さん、ちょっと甘すぎるよ。大好きだからってダメ人間にしちゃだめだよ」

 ベリルは呆れたように言葉を吐き出したが、唯は気にした様子は感じられなかった。


 「ねぇ、ねぇ、僕お腹空いたの。お兄さん寝てると邪魔で準備できないんだよ。もうっ!」

 我慢ができなくなったベリルが宗田の服の襟首部分を両手で掴むと、強引に持ち上げた。


 「くぅ〜。重いよっ! はぁっ! こりゃだめだ」

 重力に惹かれるように背中から布団に吸い込まれる。

 「こら! ベリルちゃん、乱暴はだめですよっ! 宗田さ〜ん、そろそろ起きてください」

 ベリルに注意を促すと、今度は唯が宗田を起こそうと声をかけてくる。

 「早くしないと……今、宗田さんを触ったベリルちゃんの腕を千切りますよ」

 「――え? ちょっ、お姉さん近寄って来ないで! うわっ! 目が赤くなってる! お兄さん、ヘルプ!」


 仲睦まじい二人の会話を子守り歌にもう一度寝ようとしたが、今の唯なら本当にやりかねないと頭が急にクリアになり、上体を起こした。

 目を開ければ、美女と美少女が仲良くじゃれ合う光景が飛び込んできた。

 「……おはよう」

 二人に挨拶する宗田の声は重く気だるげで、それを振り払おうと背伸びをすると、口が大きく開く。


 「あ、おはようございます。よく寝れましたか?」

 「おはようじゃないよ! 遅よーだよ! 危なかった〜……」


 おはようと言ったが実際に今の時刻が何時かは分からない。

 スキルで現れたアパートの窓から外を覗けば、日が完全に昇りきっているのが見える。

 今は夏のどの辺りか分からないが、外と連動している記憶商店が管理するアパートの中も茹だるように熱かった。

 胸の辺りをポリポリと掻いて立ち上がると、二人に声をかける。


 「顔……洗ってくる」

 宗田がゆっくりと立ち上がり、洗面所に向う。

 電気を付けて、蛇口を捻れば水が出る。

 ひとときの日常がそこにはあった。


 「ここから出たくない……」

 鏡を見れば少しやつれた顔がこちらを見ていた。

 そいつに向かって話しかけるように、宗田は呟くと腹の中心がずっしりと重たくなる。

 自分が自分でいるために必要なのは、過去と変わらない存在だ。

 だから、この空間は過去を強く思い出させ、極楽と地獄の二つを与えてくる。

 ずっと後ろ髪を引っ張られてるような感覚が離してくれず、重くなった腹を抱えるように二人の元へ戻る。


 「遅いよーっ! 早く〜!」

 扉を開けた第一声は葵ではなく、それにすげ変わったベリルだった。

 最初に寂しさ、次に騒がしさが宗田の脳をバグらせて、哀愁に浸かる暇すら与えてくれない。


 「ご飯準備しときましたよ」

 布団は丁寧に畳まれて部屋の隅に置かれ、邪魔者扱いされたテーブルが中心に置かれると、無数の缶詰が並べられていた。

 そこだけが、束の間の日常から現実に戻っていて宗田の目が自然と細まる。


 「早く〜! お兄さんそんなところで突っ立ってないでさっ!」

 ベリルに声をかけられて、ようやく戻る決心が着くと自分の定位置へと座った。

 

 「みんな揃ったんで、いただきます」

 唯が丁寧に手を合わせてそう言うと、各々食事の挨拶をした。

 

 「これ何? めちゃくちゃ美味しいんだけど!」

 「それは、サバ缶って言うお魚だよ。ほら、ベリルちゃん服汚れちゃうから落ち着いて食べて」

 「ごめんごめん! 美味しくてつい」

 「あ、唯。口になんかついてるよ?」

 「え? あっ本当ですね! ありがとうございます」


 ベリルが子供で、唯がお母さん。

 そんな狂った家族がそこには出来上がっていた。


 「ありゃ、食べないの? もらっちゃうよ?」

 いつまでも食べない宗田の缶詰めを、横からベリルがかっさらう。

 

 「んまんまっ! この世界の人間はご飯上手だね!」

 口の中に大量に詰め込んで頬がパンパンに膨らんで、小動物のようになっていた。

 「今度、お姉さんが作ったご飯食べてみたいな〜」

 

 ベリルが何気なく放った言葉に、宗田の表情わずかにぎこちなくなる。

 葵が作ってくれた生姜焼きを泣きながら、三人で食べたことが鮮明に思い出され、喉が詰まるような感覚に襲われる。

 唯をちらりと見れば、箸が止まりかけており、同じように思い出してるのかもしれない。

 宗田は空気を壊さないように慎重に口を開く。


 「ベリル……辞めとけ、死ぬぞ」

 そう忠告すると、唯の瞳がカッと開かれた。

 「ちょっ、宗田さん! どう言うことですか! 私だって作れますよ……目玉焼きとか卵焼きとかカレーとか……」

 最後の方は尻すぼみに聞こえなくなり、しゅんっと肩を落とす。


 「はははっ」

 宗田が声を上げて笑うと、抗議の視線を送ってきた。

 「嫌いです! 宗田さんなんて嫌いです!」

 久しぶりに聞いたそのセリフが、心地良かった。


 「まぁ、今度さ……"卵焼き"作ってくれよ」

 宗田がぼそりと話しかけると、そっぽを向いた唯の耳が先まで赤くなり、小さく頷きを返す。

 

 「やっぱり……嫌いじゃないです」

 

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