消えちゃう
重たい愛情を初めて直視したことで、困惑はあったが、それでも自分のために全てを捧げる彼女の姿を否定することはできなかった。
どれほど造形の整った女に狂うほど求められても、普通なら恐怖を感じるだろうが、宗田は違った。
それですら、自分の心を支えてくれる唯一のぬくもりに見えてしまう。
怖いはずなのに、触れると安心する。
そう思うくらいに唯が大切で、かけがえのない存在へと変わっている気がした。
――もしかしたら、自分も壊れているのかも。
人としての感覚を日常が壊れたその日に砕け散り、今残っている斎藤宗田という人格は新しく作り替えられた可能性もある。
それを境に別の人格を植え付けられたおかげで、狂気に怯えることなく受け入れることができたのかもしれない。
そして、それとは別に佐川葵が消えた影は、悲しみより先にどす黒い何かを流し込んでくる。
アスエラの歪んだ顔を思い出しては、腹の底が暴れそうになるが、目の前の女の子の嗚咽だけが、辛うじて人として繋ぎ留めてくれていた。
ようするに、彼女がいなければ自分の方が狂っていたに違いない。
だからこそ、変わりに狂ってくれる彼女を守って、傍から離れるつもりは毛頭なかった。
――――
死肉の香りに包まれた中心で彼女の嗚咽だけが、静寂に溶け込んでいる。
宗田は優しく背中を擦り彼女を慰めるが、一向に収まる気配はなかった。
声をかけようにも、喉の入口を縫い合わせたように開かず、口を軽く開けては閉じてだけを繰り返す。
「お兄さん……ちょいちょい」
肩を軽く突くような感覚に振り向けば、名前の知らない銀髪の子供が立っていた。
その表情は困っているように見えて、唯を刺激しないように静かな口調で話しかける。
「なに?」
「ちょっと、ピンチかも。見てこれ……」
そう言って見せた右の手の平に宗田の視線が落ちると、何故かその向こう側が薄く見えている。
「……これは?」
「魔力使いすぎちゃったみたいなんだよ! このままじゃ消えちゃうから……助けてもらえる?」
自分が消えると言うのに軽い口調で、少女は宗田に助けを求めた。
助けたいのは山々だが、それよりも唯の方を優先したいなと白状な感情が込み上げてくる。
「あっ、今、僕を見捨てること考えてない?」
見透かしたように目を細めて宗田を一瞥してきた。
「僕が消えちゃうと、お兄さんの封印解けちゃうから……そうなったら、今の"位階"レベルだと耐えられなくて暴走しちゃうよ?」
位階と言う言葉は初めて聞いた。
後ろの単語からレベルアップに関係してる事は分かるが、この少女はいろいろ知ってるかもしれない。
そう思うと、急激に少女の価値が上がる。
それにまたあの感情に飲まれて、殺戮衝動に駆られるのは嫌だ。
唯に向けた殺意は、骨の髄まで記憶してる。
思い出すだけで嫌悪感で神経がざわつくくらい不愉快なんだ。
得体のしれない強力な力だが、今はそれを必要とは思えない。
だから、少女を助けようと思った。
「分かったよ……んで、何をすればいいんだ?」
「ほんとにー! いやー助かるよ! じゃ、その辺の死体から魔石取ってもらっていい?」
少女の言葉に、唯を撫でる手が止まるほどに固まった。
「え? 嫌なんだけど」
思わず即答してしまう。
「ちょっ! 話と違うよ! また、暴走しちゃうんだよ!」
少女は両手をバタつかせ、抗議するように叫んだ。
暴走するのは困るが……
「こいつらから取るの? 本気?」
「本気も本気! マジです!」
少女の訴えを聞きながら、視線を奥にのばせば死屍累々。
酷い惨状だ。
ほとんど原型はとどめていないが、たまに形が残ってる部位に、脳が拒絶を示す。
どうしたものかと、黄金色のない夜空を一瞬見上げてから視線を落とすと唯と目があった。
「あ……落ち着いた?」
彼女の瞳は黒く澄んでいた。
その奥には狂気のかけらはひとつも見えず、宗田の最後の緊張が完全に解ける。
「……はい。いろいろとごめんなさい」
焼けた声で返事が返ってくると、唯が目を伏せて謝罪してきた。
「いいよ。気にしないで。話したいこ……たくさんあるけど、後で話そうか」
唯が小さく頷くと、そっと離れてしまう。
さっきまで唯の温もりがあった場所に、触れた夏の湿った空気は冷たくて、寂しさも同時に運んでくる。
それを埋めるように、彼女を求めようとしたが、それを腹の奥底に押し込んで宗田は立ち上がった。
「お兄さん、急いでね! 僕、かなりピンチ!」
改めて少女を見ると、手の平だけだったのが全身に広がり、着ているドレスのような服ごと、幽霊のように透けていた。
「分かったよ。それで、魔石はどこにあるんだ」
そう聞き返すと、当然のように、
「心臓だよ」
と一言返ってきて、宗田は顔の部位全てが中心に寄ってしまう。




