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佐川葵

 「……寝れない」

 今日はどうにも寝つきが悪かった。

 部屋の中は真っ暗で、唯と葵の寝息だけがかすかに聞こえている。

 カーテンのない窓を見れば、外の時間にリンクしているのか満月が夜空に鎮座していた。

 それをなんとなしに見ていると、頭の中では唯にどう話しかけるか、それを繰り返し考えてばかりだ。

 

 「はぁ〜……何やってるんだか」

 ため息を盛大に吐き、自分に対するぼやきを述べると、ゆっくりと立ち上がり玄関に向う。

 「外の空気でも吸うか」

 

 なるべく音を立てないように外に出る。

 ゾンビの影は……ない。

 「空気、不味すぎる。普通は部屋の中より外の方がマシだろうに……」

 

 誰もいない自分の部屋に文句を垂れたが、返事が返ってくることはなかった。

 窓に近寄ろうと足を伸ばせば、ジャリッと割れたガラスの音が奏でられる。

 靴底でパキリと砕ける感触は、今の自分の心のように脆く感じられた。


 外を覗けば、こちらの世界は新月だった。

 世界に残されたのは星達の小さい瞬きだけで、後は漆黒がベールのように覆い被さっている。

 それが宗田の気分をさらに沈め、唯に対する罪悪感と自分に対する不甲斐なさが腹の奥を重くする。


 「……はぁ〜」

 さっきよりも、もっと大きく息を吐き出すと、自然と視線が下に落ちてしまう。

 不味い空気を肺に詰め込むと、それを拒絶するように全てを吐き出す。

 自分の今の気持ちを確かめるように目を瞑り、瞼の裏に意識を集中した。


 ――パリッ

 

 すると、背後でガラスを踏む音がした。

 それと同時に声がする。

 

 「――こんばんは〜」

 不意に後から声をかけられ、ビクリと肩が跳ねた。

 「――ひっ……って、葵さんか〜……びっくりしたよ」

 

 小さく悲鳴を漏らし、恐る恐る振り返るとそこには葵が闇に溶けるように立っていた。

 今ので乱れた呼吸を整えると葵に視線を送る。

 いつもの貼り付けられた笑顔で、彼女も同じように宗田を見ていた。

 

 普段から考えが読めず、初めは薄気味悪かった彼女だが、今では宗田の中の日常と変わっていた。 

 その葵の登場が、腹の気持ちを少し軽くしてくれる。

 

 「うふふっ。ごめんなさい。宗田さんが外に行くの見えて〜、気になっちゃいました」

 「あっ、もしかして起こしちゃった?」

 「いえいえ〜。なんか、困ってそうな雰囲気だったので」

 葵の優しさが宗田の涙腺に触れると、目が滲んで熱くなる。


 「何か悩みごとがあるって顔に書いてありますね〜。良かったらお姉さんが聞きますよ〜」

 「お姉さんって……いや、なんだ、自分が情けないって思ってさ」

 「情けない? そんなことありませんよ〜。宗田はんはいつもがむしゃらになって、私も唯ちゃんも守ってるじゃないですか〜」

 唯の名前が出た時、指先が少しだけ跳ねる。

 

 「でもさ……そう言っても、唯がいないと葵さんも守れなかったよ……」


 「ふふっ。そうかもしれませんね〜。でも、それってつまり、二人で一つってことで〜、仲良しってことですよ」

 「仲良しかも、だけど……さ」


 「ふむふむ。だいぶ悩んでますね。全部吐き出していいんですよ〜」

 彼女の優しさに触れて、今日のできごとについて話すことにした。


 「同じ夢……。それは不思議な話ですね〜」

 「そうなんだよね。でも、あの口ぶりは唯がそうしたみたいに聞こえたんだよね」


 その瞬間を思い出すと、宗田の気分は重くなり、どうしても彼女を直視することができなかった。

 それどころか、あの後からあまり会話もしていない。


 唯と何度か言葉を交わすタイミングはあったが、宗田がそれを避けている。

 そのたびに、唯の沈んだ顔が忘れられず、今も腹の奥を締め付けてきていた。

  

 「宗田さんは仲直りしたいんですか〜」

 葵が話しを続けた。

 「それは……もちろんそうだよ。今すぐにでも謝りたい」

 「うんうん。正直でいいすね〜」


 全てを受け入れてくれそうな葵の優しさに甘え、蓄えた気持ちを正直に話す。

 話せば話すほど、唯に対する思いが強くなり、それが、苦しさと安堵の間でせめぎ合い、自分の表情が徐々に固くなるのが分かった。


 ――自分は最低だ。

 

 都合のいい時だけ、唯、唯。って助けてもらって。

 でも、いざ彼女の人と離れた価値観を見れば拒絶を見せる。

 しまいには、会話を避けてこうして自分の世界に浸って逃げようとした。

 ――今は、二人で……。

 と宣言した決意はどこに消えたのか。

 自分に対する不甲斐ない気持ちが憤りへと変わる。

 それが、沸々と煮えたぎると、ようやく塞がった心をこじ開けてくれた。


 「多分ですけど〜。唯ちゃん、宗田さん大好きなんですよ。話しかけられても、拒絶されても、嫌われても」

 真っ直に宗田を見つめて話す葵の声には、浮つきが消え、いつになく落ち着いた声音をしていた。

 被った仮面投げ捨てたように感情に満ち溢れた彼女の一言一言が、宗田の心を刺してくる。

 葵は口を閉ざすことなく、宗田に向かって真っ直ぐに話し続けた。

 

「それでも、好きだと思います。唯ちゃんにとって宗田さんはかけがえのない存在――世界なんですよ?

 あっ、でも〜、宗田さんに嫌われたら何をするか分かりませんね。うふふっ」

 

 まるで聖母のように胸の前で手を組み、何もかも受け入れてくれるような抱擁力に宗田は吸い込まれる。

 彼女の優しさが満ち溢れ、見惚れるくらい綺麗で柔らかくて、慈愛に満ちていた。 


 葵のおかげで完全に凍りが溶けると、次に襲ってきたのは唯に会いたいと言う衝動だった。

 ズボンの布地を強く握り、その衝動を押さえるが、一秒単位で気持ちが膨れていく。

 瞬きを忘れ、葵の話に耳を傾けていた宗田に、困ったように彼女は口を開いた。

  

 「あらら〜。宗田さん……だめですよ〜。そんなに見つめてたら、唯ちゃんヤキモチ妬いちゃいますよ〜」

 そう言ってふざけてる彼女はとても楽しそうに見える。

 「宗田さん。私の話を聞いてもらってもいいですか〜」

 「それは、もちろん。今、葵さんに凄い助けてもらったから、なんでも話してよ」

 

 たくさん話を聞いてもらえたし、むしろ葵さんに何かお礼をしたいと思っていた。

 だから、彼女からの申し出を快く受けようと首を縦に振る。

 

 葵も小さく頷きを返すと、少しだけ息を強く吸い込み背筋がわずかに伸びる。

 話すことを躊躇うように体が強張っているように見えたが、重たく気な唇が震えると、ポツリと話しはじめた。


 「――私……感情がないんです〜」 

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