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生姜焼き

 神崎 唯は何者なのだろうか。

 と、キッチンでまな板を叩く姿は……唯ではなく葵さん。

 当の本人は机に項垂れて、平べったく伸びていた。

 「お腹吸いた〜」

 二人で外に出た緊張感の面影もなく、いつも通りに自分の欲求に忠実になっている。

 まるで、犬のように今は尻尾が垂れて、元気がない。

 その理由は――


 ――時は遡って、二時間前。


 「ただいまー」

 唯が元気よく玄関の扉を開けて中に入る。

 「おかりなさい〜」

 中から葵の声が返ってくる。

 さっきまで狂ったように魔法で出来たナイフを眺めていた彼女から、返事が返ってくるとは思わなかった。

 唯と顔を見合わせると、目がキョトンとしている。

 その奥には狂気染みた気配はなく、いつもの澄んだ瞳をしていた。

 唯の件と葵の件、一応はおさまったと肩から力が抜ける。

 「葵さん、ただいま」

 「は〜い。おかりなさいませ〜」

 部屋の扉を開けると、葵がこちらを見てニコニコとしていた。

 「な、なんか葵さん、凄い機嫌良さそうじゃないですか?」

 唯が問いかけきた。

 「確かに……あのナイフがそんなに嬉しかったのかな?」

 満面の笑みでこちらを見てくる葵の背後に、何か輝くものが見える気がするが……気のせいだろうか。

 それくらい、ご機嫌オーラが醸し出され、唯が聖女なら葵は仏のような尊さがあった。

 「そんなところで立ってないで、早く座りましょうよ〜」

 そうやって手招きされて、唯と宗田はテーブルに寄ると、腰を落とした。

 「あ、そう言えばあのナイフは?」

 葵に問いかける。

 「ここにありますよ〜!」

 彼女がカバンを漁りだすと、そこからさっきのナイフが取り出される。

 その刃を包むように、この部屋の説明が書いてあった紙が巻かれている。

 「葵さん……その紙……」

 「あっ、これですか〜。刃は錆びやすいんで、湿気やられない何かないかなって思いまして〜。机に老いてありました」

 無残な姿となった記憶商店の紙に「すまない」と、心の中で謝る。

 ま、とりあえず落ち着いたからいいかな。

 一度、調味料とかを片付けて、それから――


 ――くぅ~


 音のした方へ反射的に顔が向く。

 すると、その本人は体ごと背け宗田に背中を向ける。

 髪の毛からちょこんとはみ出た耳の先端が赤く染まり、犯人が自分だと認めていた。


 「わ、私じゃ……もごもご」

 お腹を擦りながらそう言うが、空気を読まない葵さんは流石だった。

 「可愛い音ですね〜。ワンちゃんみたいです。ワンワン。そんなに唯ちゃんお腹空いてたんですね」

 葵が一言、言葉を言うたび、唯の体はどんどん縮こまり耳の赤みが増していく。

 さっきまでとは別人の様相は、前なら意地悪していたが、今日はそんな気になれなかった。


 ――唯の本音はどこにあるのだろうか。


 それだけしか浮かばない。

 今のやりとりもどこか遠くに感じて、得体の知れない彼女に、少し恐れを感じるように体がすくむ気がしていた。

 だけど、寂しそうな彼女をほっとけない自分がいる。

 その丸まった背中から視線を逸らすことができなかった。

 すると、

 「宗田さん。せっかくなので、何か頼みませんか〜?」

 突然、葵に話しを振られた。

 「あ、あぁ、いいよ。そうしようか」

 また、唯に気取られないよう取り繕うが、少しだけぎこちなくなる。

 そっと目だけ唯へ向けると、横顔が悲しく沈んでいるように見えた。


 「あー、リモコンっと」

 すぐにテレビの電源を入れる。

 「魔石は……残り魔石(小)が十三個か……」

 何かいいのはあるだろうか?


 ·外国産牛 三百グラム :魔石(小) 八個

 ·国産牛 三百グラム  :魔石(小) 十個

 ·本マグロ極上刺身 二百グラム :魔石(小) 百個 


 その他にもずらりと並べられているが、中々世知辛いな。

 ひとつ買ったらすぐに無くなるわ。

 どうしようかと悩んでいると、葵が助けを差し伸べてくれた。


 「ん〜、あっ、生姜焼きなんてどうでしょうか〜。玉ねぎと生姜チューブと豚肉でちょうどです。後、パックのご飯がちょうど三つありますし、調味料も〜」


 葵さん、ナイスです。

 彼女にも家庭的な部分はあるんだな。

 料理の提案もそうだけど、食料の管理までしてくれるんだからさ。

 宗田が褒めちぎると、葵が……

 「ふふふっ。ちゃんと覚えないと解体方法忘れるんで〜。覚えるの得意なんです」

 と、返ってきて前言撤回することにする。


 ともあれ、誰が料理するかだが。

 「俺、作ろうか?」

 「いえ〜。ずっとお世話になりっぱなしなんで、私が作りますよ〜。それか唯ちゃんが、宗田さんに作りますか?」

 すると、さらに唯の首が沈む。

 「えっ? 唯……料理できないの?」

 しまった……口が勝手に。

 「できますよ……目玉焼きとか卵焼きとか、とかとか。後、カレーも……」

 虚しくその声が部屋に吸い込まれ、葵が料理を担当することが決まった。

 「お届けものですにゃーん。まいどありにゃっ!」


 ――そして、今に至るわけだが。

 久しぶりに火を使った料理。

 油の焼けるツンとした香りに混ざって、醤油の焦げた匂いが肺を伝って、胃を揺らしてくる。

 唯ほどじゃないが、食欲をそそるのは間違いなかった。

 「唯ちゃんか宗田さん、お箸とかお願いできますか〜」

 短い髪をまとめた葵が振り返ると、声をかけてきた。

 「はいっ! 私やりますっ!」

 宗田が立ち上がろうとすると、唯が勢いよく返事をしてテキパキと準備をする。

 そして――


 「できました〜。召し上がれ〜」

 「やった〜! いただきます!」

 唯が勢いよく食べようと箸を伸ばした時、目が一瞬だけ合う。

 何かを期待するように瞳の奥が揺れた気がしたが、気まずく目を伏せてしまった。

 今までたくさん助けられたのに……自分の態度が嫌になる。

 後でもう一度、ちゃんと謝らないと。

 そう思いながら、宗田も箸を伸ばした。

 「俺もいただきます……あっ、これ……」

 口に含んだ瞬間広がったできたての味に、箸が止まる

 懐かしい味。それだけで涙が溢れそうになる。

 「おい……じぃ……よ」

 唯も箸が止まり、湿り気のある声を漏らしていた。

 それにつられるように宗田も鼻水をすする。

 宗田が涙を拭うと、唯も同じように目元を押さえた。

 

 それを、葵は黙って優しく見守っている。


 当たり前の食事は、三人の中で最高の思い出になったと思う。

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