扉
「それじゃ、試しに使ってみるよ」
目を閉じればすぐに朝を迎えるくらい、体が休息を欲していた。そして、生きるためにできることを増やし続ける必要がある。
今も、昨日取得したスキルがどんなものか試そうとしていた。
知らない民家の二階で、部屋の端に手の平を向けて呟く。
「――文明の記憶」
すると、音もなく床から伸びるように一枚の扉が出現する。
音もなく現れたそいつに、瞼が持ち上げられ、わずかに足が床から離れた。
「なにこれ? なんの扉?」
唯が興味津々に現れた扉の回りをぐるぐると見回している。
木製の扉は普通の扉と変わったよう素直はないが、裏を除けば反対側の唯の顔が見えた。
つまりどこにも繋がっていないただの木の板のようなもの。
開けたところで見えるのはこの部屋の白い壁のはずが、扉の向こう側は違っていた。
「へー。凄い! 部屋になってる!」
先に続いていたのは、簡素なアパートの一室だった。
「うわ〜。まるで魔法ですね〜」
そりゃ、魔法だからな。これまでも見てただろ?
と葵に突っ込みたくなったが、そんなことよりも死臭がしない部屋の空気が凄い懐かしく感じられる。
部屋の中を散策するが、人が住むには十分な機能が備わっていた。
「これ、出るのかな? んしょっ……わっ、宗田さん。お水、お水出ました」
キッチンでなにやら唯が興奮した様子でこっちに近寄ってきた。
指をさして訴えるその先には、水道の口から水がちょろちょろと流れている。
当たり前の光景だったそれを見ると、瞼がぐいっと引っ張られるくらい見開いた。
「もしかして――」
コンロのボタンを押すと、カチッと言う音の後に火が吹き出す。
電気のボタンを押すと、刺すような白色光がキッチンを照らした。
「これは……」
久しぶりに浴びた人工の光に思わず言葉が漏れる。
一昔前に帰った気分にさせられ、鼓動がわずかに速くなる。
だけど、ふとした拍子に今の日常とのギャップが胸を締め付けてきた。
「宗田さん〜。こんなのテーブルにありましたよ〜」
葵の声に意識がそっちに持っていかれると、その手には1枚の紙が握られていた。
宗田はそれに視線を落とす。
「えーと……なになに――」
――拝啓:記憶商店をご利用いただき誠にありがとうございます。
当店のご利用方法を以下に記載致しますので、必ずお読み頂くようにお願い申し上げます――
〜ご利用に関して
·水道光熱費の請求は、一ヶ月ごとに"魔石"でお支払いいただきます。
お支払いがされない場合は、使用の中止およびスキルの剥奪になる場合がございますのでご了承ください。
·必要品の購入に関しては、備え付けのテレビをご覧いただきますようお願い致します。
不具合や故障がありましたら、扉付近にあるお電話にてご連絡いただくようお願い申し上げます。
それでは、引き続きご愛顧お願い申し上げます。
敬具
説明書きが書いてある右上に、デフォルメされた黒猫がお辞儀している。
それを凝視しながら、この文章に関して思考を巡らせていた。
「魔石って、なんでしょうね? 見たことないですね」
横から覗き込むように一緒に見ていた唯が口を開く。
これまでの事を思い出すかのように、目が上を向き、結局は心当たりがないと視線を戻す。
そう言う宗田も心当たりがない。
二人で首を捻っていると、ひょっこりと葵の顔が現れた。
「あの〜。魔石ってこれでしょうか?」
葵の手の平には小石程度の石があった。
「葵さん、これはどこで見つけたの?」
「拾ったんですよ〜」
拾ったのか。そうなると探すのが大変――
「ゾンビの――体の中に落ちてますよ〜」
葵がそう言った。
「体の中か。そうなんだー……って、え゙っ? マジ?」
当たり前のように言われたが、葵の言葉に思考が追いつくと、息が喉の裏に貼り付いた。
「それって……どうやって見つけたんですか?」
「道に倒れてるゾンビが気になって、ガバっとですね〜」
葵の破天荒ぶりは度が過ぎていると思う。
普通の人より大きく乖離した葵の行動に、顔の表情筋がぎこちなく動く。
ただ、有益な情報には間違いない。
「その……なんて言うか。とりあえず、教えてくれてありがとう。葵さん……」
「どういたしまして〜。これ、宗田さんにあげますね。あっ、ちなみに〜心臓付近にありましたよ〜」




