泣き虫
――スキルの付与が完了しました。
――使用方法の付与もアップロード終了。
――報酬の引き渡しが終了しましたので、現在地から半径百メートルを十分間、安全領域と指定します。
――それでは、良い一日をお過ごしください。
「大丈夫そうですか〜」
葵は光が吸収された宗田の胸に視線が吸いこまれ、唯は腹の当たりをペタペタ触っていた。
小さい手で弄られ、こそばゆさに身を捩る。
「ちょっ、唯。大丈夫だから、ね」
そうなだめると、唯は渋々離れていく。
「今のはなんだったんでしょうね? 宗田さんは本当に何もないですか?」
体に異常はないが、報酬で得た「文明の記憶」それについてはなぜか知っていた。
頭に文字が浮かび上がるように使い方が分かる。
自分の意思とは無関係に流れる文字の羅列が、若干気持ち悪かった。
「あー、何もないと言えばないんだけどさ……とりあえず後で話すよ。唯もまだ少し苦しそうだけど、その……大丈夫?」
葵を助けた時に苦しそうに蹲っていた光景を思い出す。
今も唇が青紫色に変色し、声に濁りが見えた。
「普通にしてる分には……ただ、さっきみたいな戦いになると、やばいかもです」
今回も唯にかなり助けられてしまった。
宗田は下唇を強く噛んでから、引いた顎を戻し唯へ向くと、喉の奥がちくりと痛む。
「それなら……早く、休めるところ探そう」
唯の肩の奥には複数の人影が見え、後からもゾンビの地を這うような声の数が増えている。
なんか……。
ある場所を境にゾンビの挙動がおかしくなる。
例えるなら、見えない壁にぶつかって、それでも歩こうとするゼンマイ仕掛けの人形のように、その場でずっと地面を交互に踏みしめている。
「……"安全領域"」
唯がぼそりと呟いた。
それはあの声が言っていたこと。
「あら〜。不思議ですね。なんか、おもちゃみたいで可愛いです〜」
葵はうっとりとしたように、ゾンビ達を眺めている。
世界の法則が書き換わったかのような現象が、宗田の踵から後頭部にかけてヌルリと撫でられてるような、寒気が走った。
「行こう……」
口から出た声は自分のものには感じられなかった。
足早にその場を離れようとすると、
「あっ、これ〜。ママが気に入って良くつけてたネックレスです〜」
葵がしゃがむと手に、小さい宝石が埋め込まれたネックレスを持っていた。
「やっぱり。パパとママだったんですね〜……宗田さん、ありがとうございます」
手に持ったネックレスを自分の首にかけ、宗田へとお礼の言葉を葵は述べる。
怪物に変貌したけれど、葵の両親にトドメを刺した宗田にとっては何とも言えない、重たい気持ちにさせられる。
それでも彼女は笑顔を崩さない。
本当の気持ちはどこにあるのかと考えると、宗田の感情に少しだけ穴を開けた気がした。
宗田は返事を返さず、そのまま前に進んだ。
三日月を見ると、首長ゾンビの得体の知れない笑みを思い出させる。
カーテンをすっと引くと、部屋が一気に暗がりに包まれる。
その中に、怪物の笑顔が溶けて消えるような気がして息がかすかに漏れた。
ただ、カーテン越しのノック音が鳴っている気がして、すぐ葵と唯に向き直ると窓に背中を向けて腰を下ろした。
ようやく全身の力が抜けると、せき止められていた疲労感が鉄の板のように背中に張り付き、体を前に押しやってくる。
「唯、体はどう?」
「はい。少しだけ……楽になりました。あの……黙っててごめんなさい」
唯は申し訳なさそうに顔を伏せて謝ると、葵を助けた時の「加速」と言う魔法について口を開いた。
「宗田さんが……行方不明になった時に突然、頭に言葉が浮かんだんです」
宗田は自分に似ていると思った。
唯が言うには、スロー再生したように動きがゆっくりに見えるとのことだった。
時間の流れの中で、彼女だけがその軸から外れてしまったのではないかと思う。
「話してくれて、ありがとう」
「その、黙ってて本当にごめんなさい。いろいろ、続いて話す機会が……」
そのことについて、特に咎めるつもりなかった。
連日のように何かしらのイベントが立て続けに起きたのは事実だし、それは仕方ないことだと思う。
それに、魔法を発動した後の唯を見れば、何かしらの制約か負担が大きいことは明白。
会話の最中に蹲る彼女の姿が鮮明に蘇ると、胃を締めつけるようにキリキリと痛む。
もっと……強ければ無理をさせないで。
謝りたいのはこっちの方だと、口を開こうとしたが先に葵が話始めた。
「唯ちゃんのおかげで〜。私は助かりました。ありがとうございます。だから、宗田さんは怒らないでくださいね〜」
珍しくまともなことを言った葵に、瞼が押し上げられた。
「はは。怒るわけないよね。むしろ、いつも助けられてばっかりなんだから、謝りたいのは俺の方。無理ばかりさせて……ごめんね。それと、本当にありがとう」
素直な気持ちを言葉に乗せると、それを唯に送り届ける。
すると、顔が上を向き鼻を一度すすると、耐えるように体が浮き沈みを繰り返す。
「う〜……やだよ〜。こんなに……ヒクッ、泣き虫じゃなかったのに〜」
湿り気の帯びた焼けた声が、唯の口から漏れ出てきた。
「あ〜。宗田さん、だめって言ったのに、唯ちゃん泣かせた〜」
いや、怒ってないんでよ。葵さん。
そう言った葵は唯に近寄ると、体を引き寄せて抱きしめていた。
普段は幼く見える葵だったが、今は大人びている。
まるで、姉妹のように唯は顔を埋めて、体をしゃくり上げていた。
「……大きい。ムカつく」
唯がさりげなく漏らした毒に、宗田の口元が綻び自然と力が抜ける。
目を細め、二人を見守ると腹の中心が温かくなるように感じた。




