ヒヒヒヒ
頭に闇を貼り付けたような顔はニタニタと笑みを浮かばせていた。
眼球が収められているはずの場所には、漆黒が変わりに埋め込まれ、中心にはわずかに白い光が浮いている。
それがギョロリと一回転すると、金属を擦り合わせたような不快な音が、裂けた口から鳴り響いた。
「――ヒヒヒヒッ」
その笑い声に宗田の肺が氷に変わったかのように、自分の呼吸が冷たくなるのを感じる。
葵の家で聞いた声。
それが、ぐねぐねと首の角度を変え、まるで首の骨が抜け落ちたように、だらりと揺れる。
そして、鼻の穴を何度もひくつかせ、何かを確認しているようにも見えた。
「ひっ……」
気色悪いそいつの行動に、唯の口からか細い悲鳴が漏れる。
「イヒッ――ヒヒヒヒヒヒッ」
金切り声が空気を大きく震えさせ、呼応するように前後に大きく顔を揺らすと――
「――二人とも、逃げるぞっ!」
顔が窓を突き破り侵入すると、うねうねと蛇のように伸びる首が天井を這い、それが宗田へめがけて落ちてくる。
「――危ない!」
唯の拳がめり込むと壁側に吹き飛び、隣の部屋へと突き抜けた。
その隙に、宗田は魔法を唱える。
――イメージは火球
目の前の空気がゆらりと揺れると、瞳に赤い模様が映り込む。
練習では水で試したが、炎でも問題なく形になる。
そして、再びこちらに向かってこようとする顔に向かって魔法を放った。
――炎弾、バースト
空気が熱で陽炎のように揺れる。
連続で発射された弾が、額に吸い込まれると三つの跡をつけた。
頭部を破壊することはできなかったが、体勢を崩し窓の外に首がずり落ちる。
今のうちに外に――
「――ヒヒッ!」
扉を開けた瞬間、別の顔が飛び込んできた。
――完全に油断した。
覚悟を決めたように、思わず目を瞑る。
「――させないっ! やぁっ!」
唯の掛け声と共に、髪が風に揺れると、鉄の塊が眉間に吸い込まれた。
首が跳ね上がり、軌道が逸れる。
唯が地を蹴り飛び上がった。
空中で体をひねり、拳を上から下へ叩きつける一撃を浴びせると、その勢いのまま、唯は頭に向かって足を突き出す。
その瞬間、顔の横を影が通り過ぎた。
「――くぅっ!」
もう一体の顔が再び唯に襲いかかる。
身を翻し直撃は避けたが、体勢を崩したところに薄気味悪い顔が迫った。
「――唯」
宗田の行動には迷いがない。
床を踏み締めると、宗田は距離を一気に詰めた。
手に馴染むくらいの鉄の固まりを強く握り、後頭部へと突き立てると、鈍い感触が手を痺れさせた。
「――マジかよ! くそっ! いや、それよりも」
軌道を逸らすことはできた。
だが、奴にぶつかった瞬間、手に持つ武器はひしゃげ使い物ならなくなる。
それを投げ捨てると、力のままに二人の手を引き寄せ、その勢いのまま外へ飛び出した。
「はぁはぁっ……んっ。なんなの……あいつら」
「……分かんないけど、とにかく気持ち悪い」
外を徘徊するゾンビには目をくれず、とにかくその場から離れると、宗田がゾンビを初めて殺した公園まで逃げてきた。
隅のほうに残骸が見えると、目を逸らす。
逸らした先には葵の姿があったが、今回ばかりは表情が固く口も閉ざされている。
「葵さん、大丈夫?」
宗田が言葉をかける。
「はい。なんとか〜。ちょっとホラー……苦手でして〜」
薄っすらと青みがかった顔が、普段見せない葵の感情が見て取れた。
でも、葵の言う通り、窓を開けてから映った全面顔には、心臓が止まるかとは思ったが、ここまで逃げれば大丈夫――
――ヒタヒタ。
「……嘘だろ」
道路の奥から貼り付くような足音が聞こえる。
そこからぬるりと顔があらわれ、動物が獲物を探すように空中で鼻をひくつかせる。
その動きが止まると、こっちを見てにたりと口を歪めた。
三日月のように鋭い口元からはギザギザの歯がぞろりと伸びて、それがカチカチと音を立てる。
背中の筋肉が内側にめり込むように、背筋が伸ばされる。
「なんで……もしかして、臭い?」
執念深く三人を探していたのだろう。
その狂気に、顔の皮膚が引っ張られるような感覚に襲われる。
まだ、距離はある。
遠くに離れればなんとか……。
そう、思った時だった。
長い首を後に逸らせ、勢いよく地面を叩きつける。
だらりと垂れ肥大化した両手が、地面をかくように体を押し出すと、奇妙な怪物が空へと飛んだ。
一気に距離を詰め、目前に着地すると砂が舞う。
その一瞬のできごとに、宗田は反応できなかった。
「――みぃつけた。ヒヒッ」




