悲しみ
大変失礼しました。
同じのを投稿してたので、再度掲載し直しました。
「やっと……帰ってこれた」
口から漏れた言葉の哀愁を、自分の部屋の空気が迎え入れてくれる。
「もう、あれなんなの? 凄い気持ち悪かった……」
息を詰まらせながら話す唯も汗と血に濡れて、それが鼻の粘膜に染み込んでくる。
「凄かったですね〜」
それにたいして涼しい声をあげた葵は、ずっと笑顔を保っていた。
「はぁ〜……葵さん」
深く息を吐き出した後に、葵の名前を呼ぶと「なんでしょうか〜」と、いつもの調子で言葉が返ってきた。
宗田はどう切り出すか、吸い込んだ空気を肺に溜めてからゆっくりと吐き出した。
「……いったい、どう言うつもり?」
改めて問いただすと、葵から笑顔が消えて変わりに凹凸のない仮面が貼り付けられる。
「えっと〜。それはどう言うことですか?」
「どう言うこともなにも……家族がああなって、悲しくないの? 大切な人でしょ?」
「……もちろん大切ですよ〜。だから、みんなが見つかって安心しました」
ふざけている様子は見受けられず、ただ葵は本音を告げるように見えた。
その言葉は、家族を探してたけれど生死には興味がない。ただ、見つかればいい。
そんな気持ちを込められてるように思える。
「宗田さん……無駄ですよ。葵さん、本当に何も感じてないみたいです」
宗田は唯の言葉に開いていた口がきつく閉じられ、下唇を噛む。
ピリッとした痛みが走ると、荒ぶりそうだった心の波が少しだけ引いていった。
「追い出しますか?」
抑揚のない唯の言葉はこれまで聞いたことなく、地の底から響いているように聞こえた。
真っ直ぐ葵を見つめ、視線を一切逸らさない。
葵は貼り付いた仮面が脱ぎ捨てられ、いつものニコニコとした顔に戻っている。
判断に迷っていると唯の口が再び開く。
「――それとも、殺します?」
それは彼女から一番聞きたくない言葉だった。
宗田の中で、何かが崩れたような音がすると、自分の感情が爆発する。
「……めろ」
「――辞めろっ! 唯からそんなこと聞きたくないっ! 頼むから辞めてくれ!」
そう激しく言葉をぶつけてから、内臓が締めつけられ、吐きそうになった。
「え……あっ、宗田さん。その、私そんなつもじゃなくて、宗田さんの……ために」
凍った表情はまたたく間に溶け、唯の白目がじんわりと赤みを帯びる。
水気が眼球に集まると、強く瞼を閉じて溢れだしてきた。
「ごめんなさい。ごめんなさい――ごめんなさい」
そのフレーズをひたすら繰り返す唯に、宗田は彼女の心が絶妙なバランスだ保たれていることに気づいた。
ここで、自分が消えれば彼女も死ぬ。それは、予想ではなく確信に近い。
時を戻せるなら、数分前に戻して欲しいと願ったが、無情にも彼女の「ごめんなさい」と言う言葉を、ただ黙って見てることしかできなかった。
「唯……」
「喧嘩はだめですよ〜。仲良くしないと――」
「――黙れ!」
葵の言葉が触れて欲しくない部分に振れて、再び言葉が強くなる。
ただ、口は閉じたが、それでも笑顔を崩さない彼女に腹の底の熱の一部が冷たくなったのを感じる。
「ごめん……唯」
そう呟くと、唯が宗田の胸に顔を埋めて嗚咽を漏らしていた。
今日は長かった。
白い怪物がゾンビの体から出てきたかと思うと、次は葵の両親が怪物へと変わる様を目撃、逃走する。
帰ってきてからも散々だった。
あれから、唯とまともに会話も出来ず微妙な空気のまま、夜を迎えている。
二人の寝息を音楽変わりに、思考の水に溺れかけている宗田は、寝苦しく何度も寝返りをうった。
「……寝れない」
乾いた喉を潤すのにむくりと上体を起こす。
そろりと、二人を起こさないようにキッチンへと向かった。
ランタンに火を灯し、コップに手を伸ばすと魔法を行使する。
「イメージは冷たい水」
青い光が消えると、コップの表面が白く染まり、水が注がれていた。
「魔法……生活するのには便利なんだよな。はぁ〜、旨い」
冷たい水が一気喉を押し広げ胃に到達すると、火照った体を冷してくれた。
シンクにもたれかかり、ただなんとなく天井を眺めていた。
ゆらりゆらりと火が揺れて、天井を這い回る。
頭の中を真っ白にしてそれを見つめていると、ガチャリと音が右耳を鳴らした。
「……宗田さん」
予想外の人物の登場に、動きがぎこちなくなる。
それでも、喉を振り絞り声を出した。
「あ……唯。どうしたの?」
「その……宗田さんが起きたのに気づいて、また一人で……その」
少し下を俯き、視線が定まらない。
彼女のいつもと違った様子に、肺が石に変わったかのように、呼吸が鈍くなる。
死と隣り合わせの世界で必死だったんだ。それなのに……歯を強く噛み締めてしまう。
「その……唯。俺さ、昼間は本当にごめん。その、何と言うか、唯って俺にとっての日常だから……それが無くなるのが怖くて」
正直に自分の思いを打ち明けることにした。
「あっ……私こそ、ごめんなさい。葵さん……あの人を見てたら、感情が抑えられなくて」
「うん。分かってるよ。俺もそうだもん」
「はい……」
「だから仲直り、して欲しい」
右手をすっと差し出すと、唯は伏せていた顔を上げ宗田を真っ直ぐに見た。
ゆっくりと手を伸ばして、宗田の手を掴むと、彼女の手は汗ばんでいた。
だけど、関係なしに少し力を込めて握り返すと、唯の手も同じように返してくれる。
「これで、仲直りです」
「あぁ、またこれからもよろしくね」
「御意です!」
久しぶりに聞いたそのセリフに、体の強張りが抜けると口元が緩む。
それと、同時に悪戯の悪魔が手招きし宗田を呼んでいた。
「しかしさ〜。手汗……凄いね」
そう言うと、唯の体が震え顔をが赤らんでいる。
「ペタペタ――イッ! 待って唯! 手なくなっちゃう」
「知りません! そんな意地悪な宗田さんはやっぱり嫌いです! 大っ嫌いになったんで離しません」
……この馬鹿力を忘れてた。
頼む。離してくれ。




