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家族の気配

 「あ、やばい! 葵さん待って、二階はだめ」

 宗田が葵を呼び止める。

 「え〜。どうしたんですか? 私のこと、気にしなくていいんですよ〜。お構いなく」

 こちらの意図をまるで理解した様子もなく、口元を手で押さえながら、「ふふふ」と笑う葵さんは楽しそうだった。

 

 「いや、違うんだ。その、二階、なんか変なんだよ。なっ、唯」

 二階から感じたわずかな死臭は、外よりも薄いが確実に何かがあることを示唆している気がしていた。

 葵を呼び止めるため、唯にも合意を求める。

 「そうですね。……変です。宗田さんの手……離れた」

 自分の手を名残り惜しく見つめる彼女は、一応話しは合わせてくれたが、別のことに気を取られているようだった。

 それを見た葵は、目を細めて微笑みを返す。 

 

 「うふふっ、二人とも、どうしちゃったんですか〜。大丈夫ですよ――もしかしたら、私の家族……いるかもしれませんしね〜」

 家族と言うワードが出た時、宗田の心拍がひとつ跳ねた。

 この死臭が仮に葵の家族だったとしたら、それを見た彼女の心のダメージは破壊しれない。

 それが、ゾンビとなり襲ってきたとなると自分であれば耐えることはできないと思う。

 

 「宗田さん、おかしな人ですね〜。それなら、みんなで一緒に見に行きましょう」

 宗田の心の中は沈んだ鉄のように重たく足を地面に留まらせようとするが、葵の足取りは軽かった。

 彼女のどこか"ずれてる"言動に、全身の毛穴が開いて波打つのが分かる。

 宗田は唯に目で合図すると、引きずるかのように廊下へと消えた葵を追うことにした。


  ―――― 


 階段に一本足をかけると踏面(ふみづら)が鳴き、その声に全身の細胞が拒絶を見せる。

 

 「葵さん……本当に行くの?」

 「ふふっ。宗田さんって怖がりなんですね〜」

 葵は諦めなさそうで、ほっとけば一人で行く勢いに見える。

 宗田の口から生暖かい息が漏れて、葵から階段の向こう側へと視線を戻した。

 その時、最後尾の唯の影が見えたが、こちらを見るでもなく、葵の背中を追っている。

 声をかけようと思ったが、無機質な唯の瞳に飲まれ、言葉が詰まってしまう。

 宗田は奥の闇へと視線を戻し、ゆっくりと階段を昇る。


 「……やっぱり」

 濃くなった臭気に、鼻を守るように勝手に腕が動く。

 二階の踊り場に到着すると、三人を包む空気が一段と重くなる。

 

 「ふふっ。パパとママは隠れてるんですかね〜」

 後で声を漏らした葵の言葉に、血が波打つ。

 どうしてそんなに言葉が軽いのか。

 葵の軽い声が耳障りに聞こえる。

 

 「それじゃあ、まずは寝室ですね〜」

 彼女が勝手に扉に手をかけた。

 「――ちょっ、葵さんだめ」

 宗田が制止するが、遅かった。

 

 「あれ〜? 誰もいないです〜。それなら、私の部屋かな〜」

 普段の細い瞼の奥からは黒い瞳孔が姿を表し、いつものおっとりとした雰囲気は身を隠している。

 その迫力に、宗田も唯も動くことができなかった。

 

 「私の部屋にもいませんね〜。と言うことは、弟の部屋かしら」

 葵がドアノブに手をかけて、ゆっくりと開くと隙間から空気が流れ出す。

 それが、宗田の回りを包み込む空気と混ざりあい、一気に濃度が高くなった。

 

 「待っ――」

 宗田が言葉を言い終える前に、葵が言葉を発する。

 「あ〜。こんな所に〜。パパ、ママ、それと俊君、見つけた〜」

 慌てて近づくと、宗田の呼吸が途切れるように喉がなった。

 目を背けたいが、意識とは無関係に三つの影に吸い込まれる。

 ベッドを背に座り込む影と、その奥で天井から揺れる人物に、足の裏が床から離れそうになる。

 

  「ふふふっ。隠れんぼは私の勝ちですね〜」

 葵の言葉は中耳で増幅され、宗田の思考が一瞬止まる。

 そして、思考が活動再開すると、十本の指先が折れ曲がった。

 筋が出るほどに強く握り、葵へと鋭い視線を向けると、彼女が振り返る。

 

 「そんな怖い顔してどうしたんですか〜。あっ、紹介します――」

 葵が言葉を言い終える前に、我慢していた感情の糸がぷちりと音を立てた。

 

 「――お前はなんでそんなふうに楽しそうに笑えるんだ! 家族だぞ! 大切じゃないのか!」

 「そ、宗田さん! 落ち着いてくださいっ!」

 飛びかかろうとする腕を、唯が強く掴んだ。

 

 「だめです! 気持ちは分かりますが、宗田さんらしくないですよ!」

 「くっ……唯、ごめん」 

 唯の言葉に少しだけ落ち着きを取り戻すと、振り解こうとした腕から力が抜けた。

 

 「宗田さん……落ち着いたなら良かったです。でも……葵さん、あなたはなんなの?」

 唯の声がゆっくりと沈んで、葵との間の空気が急激に冷える。

 「私は佐川葵ですよ〜。それと、唯ちゃんが一番心配している、宗田さんには何もしませんから」

 「信用できない……。やっぱりあなたはここで――」


 ――ゴトン。


 重たい音が空気を揺らす。


 ――ゴトン。


 二つの影が、床へと転がった。

 三人の意識がそちらに向けられると、葵の両親が吊るされているかのように、立ち上がる。

 反射的に手が伸びると、葵を強引にこちらに引き寄せた。


 「……なんで?」

 棒立ち状態の葵の両親は、その場から動かない。

 それが、宗田の胸を中を圧迫するかのように、脂を含んだ液体を押し出した。

 喉を一滴伝うと、唯が一歩前に出る。

 「宗田さんは、葵さんを見張っててください。私が――」

 唯の足が床を踏み鳴らした時だった。


 「――なんだよ……これ」


 急に二つの死体が動きだす。

 上半身を何度も激しく床に叩きつける。

 止まる様子もなく、床がへこみ硬いものが折れる音が、耳の中に届いた。

 次第に音の質がねっとりとしたものに変わると、手と首が異様に伸び始める。


 「――逃げるぞっ!」

 開いてる手で唯の手を掴むと、彼女が振り返って頷く。

 得体の知れない異様な存在に本能がざわつき、逃げろと警告を告げているように感じた。


 「――ヒッヒヒッィ!」


 玄関の扉を開ける時に混ざった金切り声は、葵の家を一気に魔界へと変容させるには十分。

 気持ちだけが前に進み、体が追いつかない。

 ただ、外に集まっているゾンビなんかよりも、背後の存在はもっと邪悪に感じた。

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