創造
まさか、ここでもう一度出会うなんて思ってもいなかった。
「宗田さん、下が――」
唯が言い切る前に手で制止する。
「唯……下がってて欲しい」
俺は今度こそ君を守る。
君のためなら世界だって――破壊する。
しっかり、狂ってみせるから見ていて欲しい。
「葵さんを……頼んだよ」
彼女を庇うように唯の前にでる。
白い死神はニタニタと笑いながら、赤い宝石のような瞳をこちらに向けていた。
その視線とかち合うと、どうしも足が竦み後ろに下がりそうになる。
純粋な殺意の塊は、俺を怖がらせるには効果は十分みたいだ。
一度、大きく息を吸うとそれを吐き出した。
「たべていいー?」
怪物のその一言は、親にご飯をねだる子供のようで、気持ちが悪い。
ただ、その料理が俺ってわけだ。
動いていないのに異常に汗が湧き出る。それを拭う時間も怪物は与えてくれなかった。
「いただきまーす」
抑揚のない声がすぐ耳元で聞こえると、巨大な腕が俺の頭の上を掠めた。
横に薙ぎ払われた腕は空を切り、巨体がわずかに傾く。
足の裏で、全力で蹴りを食らわせたがビクともせず、自分の体が後方へと押し返された。
「くそ、硬い」
思わず悪態が漏れるが、怪物にとっては関係ないことだった。
せめて魔法が使えればと思ったが、距離が近すぎて発動が間に合わない。
態勢を整えた怪物が、突進してくる。
「――あがっ」
横に避けたつもりが、わずかに左肩に掠め弾き飛ばされる。
その拍子に骨が折れたのか、鈍い音が耳の奥で聞こえた。
ジンジンと熱を持つように熱いが、痛覚が麻痺しているのか痛みはまだ神経に届いていない。
だからと言って、この状況を打開する手は今のところ思いつかない。
そんなことを考えてる間にも、怪物は次の攻撃を仕掛けてきた。
「にげるなー。たべたい、よー」
飛び上がって、落下する。それはまるで落石のように地面を揺らし、その真下にいた屍がひしゃげて原形をなくす。
転がって前に回避することはできたが、一撃でも喰らえばそれで終わりだと分かった。
どうにか、怪物の攻撃をいなしているが体の左側の熱が遂に神経に触れだしたようだ。
ずきりとした痛みの鼓動が激しさを増すと、少し体を動かしただけでも激痛に襲われる。
「はぁはぁ……っ」
空気を吸っても吸っても苦しい。
最初の威勢はどこに言ってしまったのか。今は満身創痍で辛うじて生き延びているが――
「えーい」
その気の抜けたような声とは似つかわしくない鋭い振り下ろしの一撃は、胸から腹にかけてごっそりと肉をそぎ落とした。
「――か、はっ!」
それが俺の限界で、終わりだった。
怪物が自分の手についた血と俺の一部を、薄汚い長い舌で舐めると、歓喜の声をあげた。
血を得たことで興奮したのか、赤い瞳がぎょろりと飛び出して、俺を見た。
そいつの動きはさらに俊敏差を増し、一気に仕留めにきた。
ま、いっか。頑張ったもんな。
ごめんね。みんな。
せめて、俺が食われてる間に逃げてくれ。そう懇願すると、生を諦め――
「――宗田さん!」
その声はいつだって残酷だった。
なんで諦めさせてくれないんだ。
彼女の悲壮感が浮かんだ表情が視界の隅に見えたが、俺はその顔が嫌いだ。
唯は笑っていないといけない。
だから、誰だって悲しませる奴は許さない。
――カチリ。
また、あの音が聞こえた。
――補助プログラム発動。
――魂の位階レベル十。
――レベルに合わせた解放率五パーセント。
この間と違うのは、別の声が聞こえたこと。
お前は誰なんだ?
その問いに対する返答はないが――力が、体を這いずり回る。
「ヒヒヒッ!」
狂乱したように笑う怪物は両手を交差させるように振るうと、俺を肉塊に変える。
「ヒッ――?」
だが、それは叶わなかったようだ。
そいつの体を支点に回転するように、背後に回ると一速で後方へ飛びのいた。
嘘みたいに体が軽い。
俺だけが時間の流れを超越したように、奴の動きがスローモーションに見えた。
もっと狂わないと。
――イメージは創造
――魔を絶つ剣
――それは毒を纏う魔剣なり
――ヒュドラの牙
紫の幾何学模様が目の前に出現すると、そこから一振りの剣が現れる。
刀身は紫。赤黒い血管のようなものが伸びている。
その黒い柄を握り一気に引き抜いた。
あぁ。狂った俺にはちょうどいいか。
正義のヒーローにはなれないみたいだ。
細身の片刃の刃を軽く振るって感触を確かめると、ちょうど怪物が振り向いた。
すぐに俺を見つけると、馬鹿の一つ覚えのように突進してくる。
遅いな。
身を屈め、怪物の攻撃に備えると、目前まで迫る。
ふくらはぎに全神経を集中し、剣を振り上げた。
死ね。
硬いものが裂ける感触が、気持ち良い。
一撃で終わらすにはもったいなかった。
「あれぇ?」
胸から斜めに切り裂かれた怪物からが噴き出るように、紫の血液が噴出する。
ただ、痛覚のないそいつにとって致命傷にはなりえず、もう一度、腕を振り上げた。
「あ……れ、ぇ」
二回、同じ言葉を話すがそれは途切れ途切れだった。
白い肌がブクブクと泡が立つように膨らみ、黒が全身に一気に広がる。
それが顔を覆ったとき、花びらが落ちるように崩れ去った。




