音
今は誰も利用しなくなった建物が目の前にそびえ立っていた。
ガラスは割れ、中にいる影は店員の制服を着ていたが、生きた人間ではない。
それを遠巻きに観察する二人は、中に入るか考えていた。
「どうします?」
唯は口を開いたが、建物から目を離さない。
それは鋭く、中のゾンビを射抜きいつでも倒せる体勢を整えていた。
その横顔をちらりと見ると、ゾンビを一気に三体倒した時の、変貌した唯が思い出され、また同じようになるのではないかと、体が強張る。
ただ、怯えていてはしょうがないと宗田は覚悟を決めて口を開いた。
「行こう。何かしらあるかもしれない」
そう告げると、低くした上半身をわずかに起こし、膝を折るように前に出る。
「――えいっ!」
少し後から唯の掛け声と共に、視界の端を影が凄い速度で通り過ぎた。
それがゾンビの頭に吸い込まれ、後に不意に引っ張られるような格好で壁に激突する。
宗田の動きが止まる。
喉をゴクリと鳴らし、後へ振り返ると唯が慌てて視線を逸らした。
「ごめんなさい。つい……」
唯の瞳が赤くならないか見つめてしまうと、唯はバツが悪そうに乾いた笑いこぼして謝ってきた。
特に目の色は変わることなく、自分の見たのは気のせいだったと思うことにした。
それにしても、彼女の行動力には驚かせるが、もう少し相談して欲しいとは思う。
「投げる時、言ってよね。びっくりしたよ」
軽く注意する。
「うー、怒らないでください。なんかいけそうって思って」
そのノリで大切な武器を手放したのかよと思ったが、精度と威力は凄まじく、ゾンビを一撃屠り、壁に貼り付けにしていた。
中にいたゾンビを倒すと、急いで建物に近寄り、中を確認する。
「他には……いないみたい。唯は武器を回収してから食料を探そう」
建物の中は薄暗い。ちょうど太陽の位置のせいか中まで光が届かず、わずかに涼しい。
滲み出る汗が冷え、それが纏わりついて余計に鬱陶しく感じでしまう。
ジャリとガラス片を踏むたびに、音が室内へと沈む。
ちょうど飲み物が置かれていたであろう、陳列する棚を覗くと、転がるように飲み物が放置される。
伸ばした手が一瞬、止まり宗田の頭の中で唯に会う前の、このコンビニのことを思い出した。
あの、店員さん無事だといいな。
なんとなくそんなことを思うと、頑張って武器を回収しようとしてる唯の姿が割れたガラスに反射して映っていた。
自分の知っている彼女からどんどん離れている気がして、少し寂しさを覚えるが、彼女の強さは異常だった。
力もそうだが、鉄の杭をあの距離で命中させる。
しかも、ゾンビを壁に押し付けるくらいの威力があった。
当のゾンビは顔がひしゃげ、酷い有様になっている。
自分が置いてきぼりになっているような感じがして、肩が自然と下がってしまう。
塞ぎ込んでも仕方ないと、軽く息を吐き出し気持ちを整えると、まだ開いていない緑のパッケージのお茶を掴んだ。
「……ぬるい」
ぼそりと呟くと、誰も使わなくなった金属の棚にその言葉が吸い込まれる。
哀愁だけが漂い、宗田の心が沈みかけると、重々しくなった空気を塗り替えるような唯の声が聞こえた。
「やっと……取れました」
その声のおかげで沈みかけた気持ちが晴れる。
唯に顔を向けると疲労からか、息を吸うたびに背筋が伸ばされていた。
その横には無造作に横たわる死体が一つ。
彼女は気にした様子もなく、ロープ止めを軽く振ってゾンビの血を振るい落とした。
「宗田さん、見てください! ちゃんと取れました!」
唯がそう言って見せつけてくる。
宗田は「良かったな」と返事すると、上機嫌に唯は食料を漁り始めた。
しばらく漁っていると、唯がぼそりと呟いた。
「食べ物ないですね」
その言葉に不満が多く含まれていたが、その気持ちは宗田も同じだった。
それでも多少は収穫があったからいいが、命をかけた代償としては割に合わない。
文句を言いたくなったが、それを堪えて唯をなだめることにした。
「まぁ、少しはあったからさ。ないよりは、マシだよ」
「そうなんですけどー」
宗田は食料を漁るため、折り曲げていた腰を真っ直ぐに伸ばすと、じんわりと筋が熱くなった。
倒れた商品棚に踏みつけられた食品もあったが、あきらかに数が少なく持ち去られていた。
店内の壁には、誰も読まなくなったポスターが陽の光でわずかに色褪せており、ところどころに血と思しき赤い斑点が付着している。
唯はというと、腐った食べ物のツンとした臭いをかき分けて、落ちていた缶詰めをかばんに押し込んでいた。
「もう少し漁ったら、違う場所に行こう」
集中して探してる唯に声をかける。
物入りはあまり良くなく、一日分くらいしか見つからなかった。
家にある食料を合わせても多くはない。
食料事情はかなり切羽詰まっていた。
可能であればもう少し見つけたいと思うと、爪先に硬い感触があった。
視線を向けると、倒れた棚の隙間から転がって来たようで、もしかしたら下にあるかもしれないと陳列棚に手を伸ばす。
「あっ、手伝いますよ」
それを見ていた唯が近寄ってきて、軽々と持ち上げてしまう。
「お、おう。ありがとう」
ゆっくりと棚を立てると、食べれそうな缶詰が落ちている。
唯が目を輝かせるように急いで手に取り、カバンに入れる。
「やった。ツナ缶ゲット。それに、レンチンのご飯もあるじゃないですか。袋は破れてないですね。ここは、天国じゃ」
久しぶりの米を目にすると、唯は恍惚とした表情を浮かばせる。
これならば、来た甲斐があったと宗田は胸を撫で下ろした。
「今日はパーティーですね。あっ、パスタもある。やった――」
――ゴト……ゴンッ
唯が喜びの声を上げている途中で何かぶつかるような音がした。
「――今の」
空気が張り詰め、二人身を伏せた。
音のした方を辿ると、スタッフルームの扉へ吸い寄せられる。
聞き耳を立てると、中からわずかに何かが動くような音が聞こえてきた。




