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お出かけ

 「おはようございます」

 「おはよう。そして、おやすみなさい」

 「だめですよ! 起きてください!」

 二度寝を阻んだのは光ではなく、唯だった。

 だけど、久しぶりに寝起きの後にある沈んだ気持ちはなく、穏やかな目覚めとなった。

 上体を起こして、ぼーっと壁に染みを見ていると、視界の隅で影が揺れる。

 その影が伸びると、髪の毛が触られている感覚がして、目だけをそっちに向けた。


 そこには、ぶつぶつと文句を言いながら宗田の寝癖を直す唯の姿があった。

 優しく上から下に撫でる感触が気持ちよくて、思わず瞼が閉じていく。

 完全に閉じきろうとした時、唯が離れてしまった。

 名残り惜しそうに唯を見るが、それに気づく気配はなく、彼女は機嫌良さそうしている。

 

 「ふふ、宗田さん子供みたいですね」

 包み込むようように唯が微笑み見つめ返してくると、宗田は気恥ずかしさから視線を横にずらした。

 それでも、甘い雰囲気は消えることなく二人を包み、そのむず痒さに耐えられるなくなりすっと立ち上がる。

 クッションにちょこんと座る唯にちらりと視線を送ると、いつもよりも大人っぽく魅力が溢れている。

 

 「顔、洗ってくる」

 心臓の高鳴りが収まらず、宗田は逃げるように洗面所へ向かった。


 ――イメージは水。

 ――透き通る川を流れる清流


 短く呪文を詠唱すると、両手いっぱいに水が現れる。

 それを顔にかけ軽く擦り、眠気と恥ずかしさを洗い流す。

 少しは恥ずかしさが抜けたかと思ったが、戻る時に部屋の扉を開けるのに躊躇してしまう。

 張り詰めた心のせいで唯をそこまで意識することはなかったが、扉の向こうで待っている彼女を思うと鼓動が速くなった気がした。

 大きく息を吸って吐き出すと、彼女に悟られないように顔を整え扉を開く。

 

 「目、覚めましたか?」

 出迎えてくれた唯は白いTシャツにショートパンツ。動きやすそうな格好をしていた。

 下ろしていた髪を後でまとめ、普段見えないうなじが、わずかに宗田に動揺を生み出した。

 さっきのことと相まって、余計に意識をしてしまい何度も彼女を見ては視線を外すを繰り返す。

 

 「も。もう……行くの?」

 何か口にしないとと思い、慌て話しかけたがどもり気味でぎごちなく言葉に詰まってしまった。

 

 「もちろんですよ。宗田さんも、ご飯食べて準備してください」

 宗田の様子に気づいてないのか、いつもの調子で唯は話しかけてきた。

 手を胸の高さでぐっと握り、やる気をアピールしてくる。

 最初の怯えた彼女はどこに行ってしまったのか、前向きで行動的な姿は、ゾンビが現れる前の雰囲気を醸し出している。

 むしろ、ぎこちなく肩を張り詰めているのは自分だけだと、少し置いてかれたような気がして、宗田の心がかすかにざわめいた。

 

 なるべく平静を装い、彼女と接する。 

 「唯、これ。渡しておくね」

 昨日拾ったロープ止めを唯に渡すと、小さい彼女の手がそれを受け取った。

 「これは?」

 「ここに帰って来る時に見つけたんだ。狙うなら、頭を一突きね」

 宗田が頭を指差して説明すると、唯が「さすが、宗田さん」と感嘆の声を漏らし頷いた。

 

 「あ……宗田さんも持ってるんですね。お揃いだ……」

 唯の言葉の最後は聞き取れなかったが、少しだけ首筋が冷たくなるのを感じる。

 少し意識を集中して、彼女に視線を送るが変わった様子は特にない。

 気のせいかと、宗田も準備をはじめた。

 

 手加減を知らない太陽は元気に地表を照らし、二人の灼熱の影を作り出す。

 緊張とは違う汗が滲みポタリと滴ると、鬱陶しそうに手の甲で拭う。

 

 「唯、手前をお願い。奥は俺が」

 「御意!」

 動きは慎重だが、唯は素早く行動すると後を向いていたゾンビに近づく。

 ゾンビの頭目がけて唯が片手で一突き。

 それは額に吸い込まれるように食い込み、中心に黒い穴が出来る。

 にゅるりと黒い液体が湧き出ると、白目を向いたゾンビの膝が震えてから崩れ去る。

 

 宗田はそれを横目に通り過ぎると、奥のゾンビめがけて両手で突き刺す。

 それは頭の中腹で止まり、一撃では倒せない。

 ゾンビの足を引っ掛けて地面に倒すと、体重をかけるように強引に突き刺すと、筋肉を動かす神経が狂ったかのように、うつ伏せに倒れたゾンビが仰け反って動かなくなった。

 素手で殴れば頭を砕けるが、武器を使うと慣れてないせいで上手くいく時といかない時がある。

 そう思ってると唯が近寄ってきた。

 

 「お見事です!」

 唯の手には中腹まで黒い液体に汚されて、鉄色がさらに濃くなったロープ止めが握られていた。

 それとは対照的に濁り一つない笑顔を彼女は向けてくる。

 ぱっちりとした唯の瞳の奥が見えたその瞬間、宗田の背筋が無理やり引き伸ばされる。

 

 ――何もない。

 ゾンビを殺した罪悪感も、怯えも、何もない。

 

 十日間……彼女に何があったのか。

 胃がキリキリと締め上げられ、焦燥感に駆られるように腹の奥が騒がしくなった。

 すると、唯が宗田の肩の奥を見て口を開く

  

 「あっ、ゾンビ」

 道路の角から出てきたゾンビを見るやいなや、駆け寄り、さっきと同じように額に一突き。

 後頭部から、鉄が飛び出す。

 それを抜く時に、腹を押すように蹴ると、倒れる音が複数聞こえた。

 角の奥に消える唯を追いかけると、三体のゾンビが転がっている。


 宗田の視界に入った唯の後姿は、彼女が初めてゾンビを殺した時よりも狂気の色が濃い。

 だけど、前のように狂った様子はなく、むしろ洗練されてより鋭くなっているように感じた。

 背中越しにも感じる彼女の圧に、宗田の体が萎縮する。

 背後から見えた彼女の口の端が少し吊り上がると、同時に唯は足を踏み出した。

 

 一番近いゾンビに向かってロープ止めを力の限り頭に突き刺す。

 そして、今度は下に向かう圧に反発するように飛び上がると、重力に従いゾンビの頭に足から着地する。

 爆散するように弾けて、飛び散った一部が宗田の頬にかかるが、それを拭う余裕すらなかった。

 まるで殺人の凶行現場を見せられているかのように、心は激しくざわめくが、体が石のように固くなり動けなかった。

 

 「――終わりましたよ」

 唯がその場で振り向くと、首にナイフを突きつけられたように声すら上げれない。

 こっちに近寄ってくる唯は、命を狩る死神のように見えた。

 本能が危険だと叫ぶが、足が縫い付けられたように離れない。


 「あれ? どうしたんですか?」

 彼女が目の前まで迫ると、こちらに視線を送る。


 ――赤い。


 唯の瞳を見てそう思ったが、宗田が瞬きをひとつするといつもの色に戻っている。

 彼女から生臭さと甘い香りが混ざった臭いに、鼻腔が反応すると、意識が戻った

 気のせいかと、唯に慌てて返事をする。

 

 「ごめん、ごめん。なんか、凄いなって見とれちゃってさ」

 「そうですか。ふふふっ、褒めてもらえて嬉しいです」

 そう言葉を発した唯は嬉しそうに笑い、いつもと変わらなかった。

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