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食糧問題

 「いやー、さっぱりしました。宗田さんもどうぞ」

 浴室から出てきた唯の頬は赤らんでおり、肌から湯気が立ち昇っている。

 

 「へいへい、行ってきますよ」

 唯に背を向けて、風呂場に向かう。

 浴室の鏡に映った自分は少しだけ頬が浮き出ているような気がする。

 重い呼吸を吐き出し、唯の十日と言う言葉について思考を回転させた。

 

 「十日……俺は何をしてた? 唯が見に来てもいなかったのに、起きたのは屋上、どう言うことだ?」

 頭の中で思い出そうと思考の中に飛び込んだが、結局、目を開けたら炎天下の下で寝てたことしか分からなかった。

 

 ……今はいいか。無事だったし。

 釈然とはしないが、それだけでも十分だと無理やり納得する。 

 ただ、他にも疑問がたくさんあった。

 あの白い怪物もその一つだ。

 人型をしていたが、その背丈は成人男性の平均よりもかなり高い。

 全身真っ白で、肌が石のように硬かった。

 一番特徴的なのは真紅に染まった瞳で、瞳孔は無く、赤一色の丸い瞳が収まっていた。

 ゾンビほどじゃないが、死臭と同じような腐った臭いがも鼻の奥にいる気がした。

 肉食の獣のような牙に、削ぎ落とされました鼻柱。

 ぽっかりと中心に二つの穴が空いていて、終始ひくついて何かを探しているようだった。

 

 「たく……次から次にいろいろ起こるな」

 薄暗い浴室が余計に宗田を思考の中に閉じ込めてしまう。

 次に浮かんだのは、頭の中に聞こえてきた声。 

 人格を代替? 憤怒? なんだそれ。

 唯に関してもそうだ。

 屋上に白い怪物が迫った時、様子がおかしくなっていた。 

 あの場ではこれまでにないことが立て続けに起こり、宗田の頭を悩ませる。

 その、むしゃくしゃした気持ちを八つ当たりするかのように頭を激しく洗うと、泡が目に飛んできた。

 

 「っぅ! 目が染みる……」

 癖でシャワーの蛇口を捻ったが、悲しい金属音が響くのみで何も出てこない。

 文明の形だけがあったがそれは死んでいた。 

 蛇口を閉めると、浴槽から掬った残りの水を洗面器に手を突っ込んで、顔を洗う。

 「はぁ〜」

 頭を洗い終えると大きなため息が出た。

 悶々とした気持ちの中、体を洗い終えると外に出て急いで着替えて、部屋へ戻った。


 「おかえりなさい」

 戻って来た宗田に声をかけた唯は、壁を雑巾のようなもので拭いていた。

 「なにしてるの?」

 宗田が問いかける。

 「汚しちゃったんで、拭いてました」

 言われてみれば確かに。

 部屋に入ると石鹸の匂いに混ざって少し生臭い鉄の匂いがした気がする。

 だけど、外の奴らに比べたら遥かにマシだった。

 唯が拭いている壁に目をやると、わずかに染みは残っているが薄く滲む程度。

 指がなくなったり、噛まれたり……

 噛まれた……?

 ――慌てて唯に駆け寄った。

 

 「唯! 噛まれたって、ゾンビになっ――」

 「――ああ、落ち着いてください。大丈夫です。何回か噛まれましたけど、何も起きませんでしたから」

 詰めるように押しかけた宗田を手で押し返すと、唯がなだめてきた。

 ゾンビにならないと言われ、安堵する。

 「で、でも本当に大丈夫なの? それに、どうしてあんなに傷だらけに」

 「えっとー、それはですね。こう……がぶってされてですね。へへへ」

 その笑みの奥に暗い影を見た気がした。

 だけど、口調はいつもの唯。その揺らぎはふっと消えて、追及を拒んでいるように思えた。

 宗田にとって彼女は大切だが、時折見せる暗がりが胸に重りを静める。

 いつか、ちゃんと聞ければ。

 そう思うことで、その感情は飲み込むことにした。


 「そう言えばさ。もぐもぐ。唯、あの屋上で声が聞こえたって言ってなかった? どんな声?」

 「宗田さん。口に物を入れながら話すのは汚い、もぐ、ですよ。声ですか……なんか女性でしたよ。逃げろって」

 口に物を入れたまま話す宗田に注意するが、あまりに美味しそうに食べる姿を見て、唯も反射的に食べてしまった。

 ハムスターのように頬を膨らます姿は可愛らしく、膨らんだ部分をつつきたくなったが、なんとか我慢する。

 「でも、怒鳴ってたよね」

 「……怒鳴ってません。気のせいです」

 愛らしい表情からすっと色が消える。

 「ですよね? 宗田さん」

 そのほほ笑みは、今までの人生で一番冷たかったかもしれない。

 あの、白い死神よりも冷たく底から命を狙っているかのようだった。

 「ねっ、宗田さん。私は怒鳴ったりしてません。復唱してもらえませんか?」

 「あっ、はい。神崎唯様は……怒鳴ってません」

 触れられたくなかったのだろうか、唯の気迫に押された宗田は、おとなしく言われた通りにする。

 すると、すぐにいつもの笑顔に戻り桃の缶詰を頬張りだした。

 

 「だめですよ。デリカシー……もぐ、ないのは」

 夢中で食べる唯はかなりお腹が空いていたようで、缶詰がたくさん積まれていた。

 「それにしても、食料……どうしよう」

 宗田の視線の先のカバンは萎んでいた。

 当初、大量に買い込んでいたが、十日の間にかなり少なくなってしまった。

 だけど、生きるためには食べないわけにはいかない。

 

 「明日から、食料探しましょう」

 「そうするしかないか。あの、白い奴には対策できるまで会いたくなんだけどな……」

 「あれ? あの時の魔法はどうしたんです?」

 「それがさ……使えないんだ。なんか、使おうとすると、頭が痛くなって喋れなくなるんだよ」

 そう言うと、唯は天井を見上げ何かを考える。

 「……それは、参りました。慎重に行動する……しかないですね」

 

 何かしらの対策が必要だが、現状ある武器では心許ない。

 出会わないことが絶対条件と言っていいだろう。

 

 それか――強力な魔法を編み出すか。

 

 それにしても。この魔法はあまりに都合が良すぎる。魔力があればどんな願いも叶えてくれるような。

 だから、対価を払って一撃で分厚い装甲を貫通できるものが欲しいと思う。

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