表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/75

帰宅

 「あ、ああ……がぎ……ギィィッ――ィ」

 サラリーマンと思われるスーツを着た男が、断末魔を残して地に伏せる。

 体からはみ出た紐が地面ついてから、重たい音がした。 

 最初の頃ほど不快感はないが、まだ口の中が異様に渇き、胃の中で胃酸が放出されると胸焼けのように熱くなる。

 

 ゾンビを一体倒してから、少しすると別種の腹の真ん中当たりが熱を帯びた。

 「レベルアップしたか。なんか……こういうのなれてきた、な」

 少しずつ、自分が人間じゃなくなっているみたいだ。

 嫌悪感が遠くに行ってしまい、ゾンビを殺すことが作業のように感じられると、自分の中に別の人格が生まれたような錯覚に陥ってしまう。

 今の頭の中は凄く静かだ。

 手の震えも無く、血の臭いも、肉の腐った臭いも日常に溶け込んでいるように自然だった。

 それよりも、拾ったロープ止めが使えたことに嬉しさの方が強く感じてしまう。

 意識を死体から離し、前を向くと宗田はアパートへ向かって歩きだした。


 「なんとか……ここまで来れた」

 頬を垂れる汗を拭うと、肺に溜まった空気を吐き出した。

 遠くを見れば数体、影が見えたがこの距離なら気づかれないと、アパートの階段まで一気に走る。

 階段の目の前に到達すると、他にいないか周囲を確認したがゾンビの気配はない。

 足を一歩踏み出し階段を昇る。

 一歩登るごとに、唯が戻っているか心配になり、胸が押され、呼吸が浅くなる。

 最悪のことを考えてしまうと、指先が震える。

 それを逆の手で押さえて、呼吸を整えるようにわざと深く吐き出した。


 そして、ドアの前に到着する。 

 ポケットから鍵を取り出して穴に差し込もうとするが、上手く入らない。

 両手でどうにか差し込んで、鍵を回した。

 

 「あれ? 開いてる……」

 唯に合鍵を渡していたから部屋の中にいるかもしれない。

 でも、だからと扉を空けっ放しにする理由は見つからなかった。

 いろんな考えが頭を駆け巡り、心臓が肋を激しく叩きつけてくる。

 

 「唯いるのか……?」

 ドアノブを回し、隙間から顔を覗かせて唯の名前を呼ぶ。

 「この臭いは血……」

 玄関にも臭ってくるような、かすかな生臭さが鼻腔を刺激すると、宗田の表情が一気に険しくなる。

 靴を脱ぐ時間すら焦れったく感じて、土足のまま中に入ると、急いで奥の扉を開ける。

 

 「あ、えっ? ゆ……い?」

 壁に持たれるように座り込んだ唯の姿があった。

 その惨状に、頭の天辺から血の気が逃げ出して、産毛が総毛立つ。 

 座り込む唯はドス黒い血液に染められ、噛み跡まついていた。

 指の一部が欠損しており、そこには乱雑に布が巻かれている。

 

 「そんな……唯まで、俺はどうしたらいいんだ」

 呆然と声を漏らし唯に近づくと、膝から崩れ無意識に抱きしめた。

 唯の冷え切った体が、宗田の肌に刺さる。

 甘い匂いが腐った臭いに変わってしまったが、それでも宗田は唯を離さなかった。

 「俺……守るって、約束したのにさ」

 震えた声でそう言った。

 「なのに――」

 

 「――約束、守ってくれて……ありがとうございます」

 唯の呟きが鼓膜を撫でる、肩に埋めた顔を離す。

 「ずっと……どこに行ってたんですか」

 息を切らしたように唯が声を出す。

 「唯……良かった、生きて」

 「あの……痛いです」

 声は弱々しかったが生きていることに、目尻が熱をもつ。

 「あ、待ってくださいね。――治れ」

 唯の治癒魔法の凄さを改めて実感する。

 宗田の使った"グランドヒール"よりも早く、傷が復元しているように見えた。

 まるで時間の逆行。その神秘のおかげでいつもの彼女の姿に戻る。

 「あー、痛かったです」

 「痛かったですって、凄い心配したんだ――」

 「――それは、こっちのセリフですよ! 十日もどこに行ってたんですか? ずっと、ずっと探してたんですよ!」

 嘘だろ? 十日? そんな……はず。それに、ずっと屋上にいたはずじゃ。

 

 「あの後、すぐに屋上に戻ったんですが、宗田さんいなくて……ずっと、ずーっと探してたんです」

 ありえない。

 唯の言葉に思考がショートし、目の前が歪みだすとつられて体が自然と傾いしまう。

 

 「宗田さん!」

 彼女の名前を呼ぶ声に我に返ると、朧げな視界で唯を真っ直ぐに見つめた。

 次第に視界が鮮明になると、彼女の瞳が映る。

 怒っているような、悲しいような、混沌として白目の血管が赤く浮き出ていた。

 唯の切羽詰まったような雰囲気に、混乱した頭が落ち着きを取り出し宗田は口を開く。

 「その、ごめんね。帰ってきたからさ」

 そっと呟いた。

 「はい、おかえりなさい」

 唯の声が宗田の心に染みわたり、口が自然に開いて、「ただいま」と返事をした。

 

 ようやく彼女に会えたことで、張りつめたものが弾け宗田の全身から力が抜ける。

 「あ、ところで、嬉しいのは分かるんですが、離れてください」

 辛辣に言い放つ彼女は両手で肩を抱えそう言った。

 「え……?」

 「それは、お風呂……ないから」

 唯は視線を落とす。

 「ん? 聞こえないよ」

 「もう! 嫌いです! 宗田さん嫌い! デリカシーはないんですか! 私は水の魔法が使えないんですよ! もう!」

 まくし立てる唯の姿が面白くて、つい笑ってしまう。

 だけど、それが嬉しくてたまらなかったし、笑うのが久しぶりに感じた。

 

 でも……確かに汚――

 「――何か?」

 どうやら、心を読まれてしまったようだ。

 宗田は立ち上がると、急いで浴室に向かう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ