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マンション

 「一旦、戻りますか?」

 昨日の土砂降りが嘘のように空は晴れ渡っていた。

 むわりとした陽気に、エアコンが恋しくなるが、今はもう使えない。

 うだる熱さにやさぐれた宗田に対し、唯は爽やかに話しかけてくる。

 「あー、いや。お腹は空いたけど、もう少し街がどうなってるか調べたいかな」

 家に引きこもる選択を捨てて、ゾンビの徘徊する街を散策する事に決めた。

 「ただ、雷には気をつけよう」

 昨夜の衝撃的な光景は、今でも背筋を凍らせてくる。

 あの状態で外にいれば、数の暴力で殺されるだろう。

 できれば、ゾンビに見つからないようなところで周囲を観察できるところが良い。

 

 「どこか、高い場所から街が見えれば……」

 「宗田さん、あそこはどうですか? 最近できたマンション。確か街一番の絶景って宣伝してましたよね?」

 宗田が頭を捻らせていると、唯がすかさず助け舟を出してくれる。

 テレビで見た覚えがある。

 その時は聞き流す程度の記憶だったが、駅の近くにできたと話を聞いたことがある。 

 「さすが唯、早速そこに向かうか――」

 

 二人は外に出た。

 こうやって悠長に話している間にも、昨夜の雷で引き寄せられてきたゾンビが残っており、それがふらつきながら迫ってくる。

 宗田は手に持ったハンマーで頭を叩きつけると、ふらりと後ろに押し返した。

 すぐに動き出せないゾンビに唯が追い打ちをかける。

 「――おりゃっ!」

 可愛い声とは裏腹に、かち上げるように振るった一撃はゾンビの後頭部を内側から弾けさせた。

 肉片と血が混じった噴水が沸き上がると、二人は後ろから次々にやってくるゾンビへと視線を向ける。


 ――イメージは蛇。

 ――うねりを上げて地面を這う。

 ――獲物に巻き付き離さない。

 ――蛇の束縛。

 ――それは全てを拘束する。


 アレンジを加えた雷の蛇の魔法は、ゾンビ達を一斉に拘束する。

 範囲魔法になるように最後の一説を加え成功はしたが、体からごっそり魔力がなくなったのを感じた。

 わずかに動きが鈍る。

 「――私に任せてください」

 宗田が動くより先に唯が地を駆けた。

 一撃、また一撃と、唯は確実にゾンビを減らし、あっという間に見える限りを殲滅する。

 「あぁ……ぁああ……ぁ」

 倒した傍から、音に気付いたのかうめき声が聞こえると、曲がり角の向こうで影が揺れている。

 「唯っ! ――逃げるよっ!」

 「っ! はいっ!」

 急いで宗田が振り返ると、後ろからもゾンビが迫っている。

 挟み撃ちのかっこうとなるが、

 「――イメージは蛇の束縛。それは全てを拘束する」

 同じように蛇の魔法でゾンビの動きを封じると、その隙間を全力で駆け抜けた。


 「はぁ、はぁ、っ……はぁー」

 「に、逃げきれましたかね?」

 「……多分ね」

 ゾンビの集団に囲まれた宗田達だったが、どうにか窮地を脱することができた。

 「これは、きつい」

 大人になってから運動なんてからきしだった。

 二人の肩が大きく上下し、次第に落ち着いてくるとようやく顔をあげることができた。

 「ここからは慎重、行こうか」

 怪物の声も、嗅ぎなれてきた肉の臭いも薄れている。

 夏に溶かされたアスファルトの陽炎の向こう側を見つめると、前に進み始める。

 慎重な足取りで、ゾンビがいないことを確認しながら進むのはかなり体力を消耗させる。

 顎からぽつりと垂れた汗は、アスファルトに点々と跡を残していた。

 そうして、見上げる先はお目当てのマンション。

 「めちゃくちゃ、高いですね」

 改めて下から見上げると、かなりの高層マンションだ。

 恐らく、この辺では一番大きいかもしれない。

 「CMで言ってたのは、伊達じゃないってことだな」

 「本当ですね。でも……入口のガラスが」

 唯が指差した先はマンションの入り口。本当であればセキュリティも万全で知らない人は入れないように管理されているはず。

 しかし、今はそのガラスは粉々にくだけ、光を弾き返していた。

 

 「ここにも、ゾンビが来たのかも」

 慎重な足取りで破片の傍に近寄ると、割れきってない鋭く尖ったガラスの先端には肉片が破れた布のように垂れ下がっていた。

 目を下に向ければ千切れた指や、どこの部位かも分からない干からびた肉片も転がっており、ここで何かしらの惨劇があった可能性がある。

 

 空気が張り詰めた。

 窓は内側から外に向かっているため、ゾンビは外に出て行ったと思われる。だが、入口の光景は死を連想させるには十分だった。

 宗田は入口の向こう側を射抜くように見据えた。

 ガラスを踏みしめる度に、かつての平穏を砕いているような嫌悪感を感じる。

 喉が貼りつくような感覚に、無理やり空気を押し込んで宗田は声を絞り出す。

 

 「唯、気を付けて」

 「分かってます。宗田さんもですよ」

 マンションの入り口はまるで魔の洞窟のように、口を広げて二人を受け入れてくれた。

 中は外に比べてわずかに気温が低く心地いいが、残留した怪物の臭いは死者の国に足を踏み入れたような感覚に陥らせる。

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