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魔法とお風呂

 「宗田さーん、着られそうなの、ありましたよー」

 壁ごしに宗田の耳に届いた澄んだ声は少し上ずっているように感じられた。


 声の聞こえた方に目を向けると、廊下は黒に塗りつぶされている。

 まるで心霊スポットさながらの様相で、廊下の奥を見つめると、良からぬ想像が脳裏に浮かび、体が一度ぶるりと震えた。

 唯の声に反応し、足を動かそうと力を込めたがどこかに逃げてしまう。

 

 自分の意思と離れてしまった足に、意識の糸を垂らし足を引っ張り出して、闇の中へ踏み出した。

 「今、行くよ」

 宗田の声が闇に完全に溶けると、唯から返事が返ってくる。

 その声に、肺に溜め込んだ空気で膨れた胸の圧迫感が消えた。

 ゾンビと死闘を繰り広げるよりも、本能をそっと撫でるような恐怖のほうが、宗田には怖いと感じられる。

 その証拠に、目の前で服を広げて見せてくる唯の姿にこれ以上ないくらい胸が温まった気がした。

 

 「その服は……ないんじゃない?」

 「そうですか? 可愛いじゃないですか。これにしましょうよ」

 見せてきた服の中心にはアニメのキャラクターがプリントアウトされていた。デフォルメされたキャラが可愛らしく、唯はこれが気に入ったらしい。

 無邪気さの込められた絵に混ぜられた少しばかりのダサさが妙に惹かれるが、宗田が着るには抵抗があった。

 

 「いいじゃないですか。はい、どうぞ」

 いつまでも受け取ろうとしない宗田に向かって痺れを切らした唯が、服を渡してくる。

 反射的に受け取ってしまうと、渡された服に視線が行く。視界の端には散らばった服が見えた。

  散らばった服の山に、唯の迷った跡が残っている。

 彼女の献身的な努力に逆らうことができず、宗田はおとなしく着ることに決めた。

 「でも、このまま着たらまた汚れちゃいますよね。どうしましょう」

 「それについては、いい考えがある。ちょっとついてきて」

 そうして二人は真っ暗な廊下を歩き、宗田が玄関近くの扉の前で立ち止まった。

 手を伸ばし扉を開くと、窓がなく真っ暗な部屋だった。

 

 じんわりと目が慣れてくると、手探りで横の折れ戸を開くとガラガラ音が室内に響く。

 「お風呂ですか?」

 「そう。見てて」

 浴槽の中に手の平を向けると、すっと息を吐いた。

 

 「――イメージはお風呂」

 

 いつもの魔法の言葉に、青い輝きが一瞬見えると、浴槽にお湯が溜まりだす。

 「上手くいって……良かった。さっきこの部屋を見た時、思いついたんだよね。唯、先に入っていいよ。俺が外で見張りをするからさ」

 爽やかな湿気が肌をくすぐると、宗田は今すぐにでも飛び込みたい欲求に駆られ、自分の腕を撫でて誤魔化した。

 

 「いいんですか?」

 申し訳なさそうに顔をわずかに下げて、目だけ宗田を見る。

 それにたいして、頷きを返すと唯の声が弾んだ。

 「それじゃ、お言葉に甘えて、先に入らせていただきますね。こんなことになるなら、ランタン持ってくれば良かったですね」

 唯が体を洗っている間、外で待機している宗田はする事もなく視線で遊んでいる。

 青白い月光が玄関の窓から、木の影を家に運び入れる。

 風に揺れるその影をなんとなしに目で追っていた。

 ただ、そのまま立っていることに飽きると玄関の覗き窓から外を見た。

 

 「この影は……ゾンビか。近いな」

 月の光に伸ばされ人間だった物のシルエットを浮かび上がらせている。

 姿こそ見えないが、家の中と言う安心感が反転し、一気に空気が張り詰めた。

 いつでも戦えるように金槌を手に持ち、玄関から距離を取る。

 「魔力も……多少は大丈夫だろう」

 さっきの魔法で少し減ったと思うが、意識を失うほどの倦怠感は感じられなかった。

 意識を玄関の外に集中していると、背後からガチャリと言う音がする。

 その瞬間、宗田の肩が跳ねた。

 

 「お風呂、上がりました。……あれ? そんな顔してどうしたんですか?」

 上気した肌と、シャンプーの香りが宗田の鼻孔を撫でると、麻痺していた感覚が優しく剥がされた。

 少しだけ胸が高鳴り、下心と言う悪魔が見えたが、無理やり追い返す。

 唯に気付かれたにように少しだけ強く鼻から息を吐き捨てると、口を開いた。

 「外にゾンビがいるみたい」

 声のトーンをさげてそう言うと、わずかに唯の瞼が上にあがる。

 「次は私が見張ってますね」

 張り詰めた声で唯がそう言うと、宗田から金槌を受け取る。

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