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狂気の目覚め

いつも読んでくださりありがとうございます。

 満点の星空に吸い込まれたのは、硬さと湿り気の両方が混ざったような音だった。

 宗田はその光景に、瞬きすら忘れるくらい目を奪われていた。

 

 「――死ね、死ね、死ねっ!」

 月明かりに照らされ影の腕が伸び、地面に触れるたびに溶けて一体化し、その先には朽ちた人形ようなものが横たわっている。

 「もういいっ! やめろっ!」

 宗田の悲痛な叫びは、打ちつける音に吸われて唯の耳元に届くことはなかった。

 吊り上がった口角はナイフのように鋭く、飛び散る血液が唯の白い肌を染めていくが、気にした様子もなく一心不乱に金槌を打ちつけるていた。

 宗田はその光景を呆然と眺めている。

 

 砕けた音が水気を帯びた音に変わる頃、ようやく我に返ると凄惨な光景に息を飲んだ。

 「唯、だめだ! ――なっ!」

 耐えきれなくなった宗田が唯の腕に飛びつくように押さえようとしたが、次の瞬間には体が宙に浮き壁に背中から激突する。

 「――かはっ」

 肺の奥から空気が押し出され、目の前が白く染まった。

 「あれ? 宗田さんどうしたんですか? これ……あは――ゾンビ死んじゃいましたね」

 血走った瞳がギョロリと見下ろす彼女の姿は、全身を赤で塗りたぐり、猟奇的殺人犯の様相をしている。

 

 「あれ? 熱い……これ、もしかして、レベルアップ?」

 感触を確かめるように唯は胸に手を当て、空を仰ぎ、星を眺める。

 「はぁー……星、やっぱりきれい」

 血のドレスを身に纏ったような姿に目を背けたかったい。

 しかし、狂気じみた美しさに宗田の意識が捕らわれ、離れることができない。

 唯は堪能するように数秒かけて息を吸い、それを吐き出す。

 次に目を開けた時、双眼が宗田を再び捉えるとニコリと口角を上げる。

 その奥には、狂った色はなく元に戻っていたが、決定的に彼女から何か消えているような気がした。

 吸い寄せるように唯の(まなこ)を見つめると、瞳の奥に揺らめく狂気が身を潜めているように見えて背中の毛が総毛立つ。

 

 「そんなところで寝てないで、次、行きましょ」

 まるで内側だけを食べられ中身がすげ替えられたような錯覚に、突き出された手を掴むのを躊躇してしまう。

 「ほら、起きてくださいって――汚れてましたね! ごめんなさい!」

 服の裾に手を滑らせると、白い布が赤黒く手の後を滲ませていた。

 それを何度も擦る。

 一向に消えない色に唯の眉間にシワが寄った。

 「もう! 落ちない!」

 彼女は壊れてしまったのかもしれないと、宗田の腹の奥が重くなったが、彼女の指先が震えていること気付き急いで手を取った。 

 壊れそうな唯の指先に触れると、生命力を感じさせないほど冷たくなっている。

 だが、じんわりと戻った温もりに唯が完全に壊れる前に間に合ったと張っていた肩が緩やかに落ちた。

 「……あったかい」

 その声は今にも壊れそうな砂の城のように、弱々しく感じられた。

 手を握りながら宗田は「頑張ったね」と伝えると、唯は張りつめていた何かが切れるように、その場にへたり込んでしまう。

 

 「今日は帰る?」

 宗田の問いに対し、唯は視線を落としたまま首だけを横に振る。

 「大丈夫です。もう少しだけ……」

 手に握り返す力を感じると、唯はよろめきながら立ち上がる。

 そして、見つめ返してきた彼女の瞳には強い意志のようなものが感じられた。

 その中にあった"狂気"が消えたことが、宗田にとって一番の安心材料となる。

 それから、二人でゾンビを倒すために誰もいない住宅街を彷徨う――


 ――お互いの体は血みどろで、平時であれば全国ニュースに出てもおかしくない様相をしている。

 二人はレベルアップのため、見つけたゾンビを次々に倒して回っていた。

 「――唯!」

 そして今も、ゾンビを見つけて屠るために唯に向けて宗田は合図を送っていた。

 「任せて……ください」

 宗田の合図に合わせて地を駆けた唯は、大きく手を振りかぶって無慈悲な一撃を繰り出していた。

 魔法で動けなくなったゾンビへの攻撃は、頭の中心を正確に捉える。

 水風船が破裂したかのように弾け、爆散と言う言葉通り弾け飛んだ。

 その血潮が民家の塀にへばりつくと、どろりとした液体が垂れ、惨劇の後のような一幕を作り出していた。

 「ふぅ。あっ、またレベルが上がりました」

 最初のような動揺はもうなかった。

 まるで一仕事終えたかのように、爽やかに笑う。

 「なんか、明らかに……力、強くなってない?」

 最初は何度も、次は数回、今は一撃、それを目の当たりにした宗田は思わず唾を呑み込んだ。

 これが自分だったと考えると……ぶるりと震えた。

 

 べちゃりと水気を含んだ音が耳に届き、宗田は音の方へと視線が向けた。

 唯が軽く腕を振って、まとわりついた血液を振り払っている。

 すると、唯が振り向いてにっこり笑い、宗田の目前に近寄って来る。

 そして、真っ直ぐに見つめ一言、

 「これで――宗田さんを守れますね」

 そのセリフを呟いた彼女の奥底に、まだ狂った鬼が潜んでいるように見えて、宗田はわずかに寒気が走った。

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