人間離れ
改稿14
「はぁ……今日はここまでにするか」
本来の役割を忘れてしまったスコップを放り投げ、視線を目の前の肉塊に落とす。
逃げ場のない惨状をまともに視界に収めると、一度だけ頬の筋肉が硬くなる。
熱い息が喉の奥を通り、空気を震わせ、張り詰めていた肩のラインが緩やかに落ちていく。
「あれから五回くらいレベルアップしたか? かなり殺し……いや倒したよな」
少しだけ闇が薄くなった空の下を、アパートに向かって歩いていた。
「てか、武器……どうしよう。最後のゾンビの頭を殴ったら、折れちゃったしな」
ゾンビの後頭部への一撃を食らわせたとき、くの字に折れた。
おかげで身を守るのはこの身一となり、心許なさから自然と歩幅が大きくなる。
「武器は家に帰ったら探すとして、ゾンビに見つかる前に早く帰らないと。それにしても……静かすぎる――」
「――がぁ……ぁああっ」
しまったと思った時には遅かった、物陰から現れたゾンビに押し倒されるように組み伏せられる。
「があっ……あ……がががが」
ガチガチと歯を鳴らし、どこでも構わず噛みつこうとする。
それをどうにか両手で押さえつけ、腹の下に膝を潜り込ませて一気に押し返した。
「危なっ……手、自由じゃなかったら……死んでたかも」
嫌な汗を首筋を伝う。
のっそりと立ち上がろうとするゾンビに視線を向けると、逃げるべきかどうか考える。
ヨタヨタとした足取りで、一歩ずつ近づいてくる奴に焦点を合わせると、拳を固めた。
本当は逃げるべきなのだろうが、気分が高まっていた宗田は正常な判断ができない。
「――オラッ!」
足を強く踏み込み体を捻る。
その反動で思いっきり頭を殴りつけた。
「――なっ!」
頭蓋が砕ける感触がすると同時に頭に拳がめり込み、水気を帯びた感触に包まれる。
「ががががっ……がが……」
壊れた機械のようにゾンビは大きく震え、そのまま崩れ落ちた。
「……嘘だろ? 流石にこんな力……となればやっぱり原因は一つしか」
つまり、レベルアップが起因しているのだろう。
拳一つで頭蓋を貫通するなんてありえない。
魔力だけじゃなく、攻撃力も増えているのは間違いなかった。
「――痛っ……!」
遅れて手に痛みが走る。
「素手で殴るのは……最終手段だわ」
赤いヘドロの向こう側に、紫に腫れた自分の拳が見える。
動かすことは出来るが、自分の破壊力に耐えることができなかったようだ。
「こうなったら今日は無理か……帰ろう。にしても、他の人達はどこに? 人が集まりそうなところをそのうち探してみるか……」
「……ただいま」
自分のアパートの玄関の扉を慎重に開けて、奥の扉をじっと見つめる。
特段、変わった様子もなく静かに闇に扉は鎮座していた。
「良かった」
ポツリと声を漏らす。
出迎えてくれたのは唯ではなく、部屋の闇とこもった熱気だけだった。
そっと奥の扉を開けると、寝息を立てている唯の姿が映る。
それを横目に、着替えを持って浴室へと向かった。
「これは流石に、ちょっと、な」
鏡に映った自分の姿を見るとそう呟いた。
頭から血液を被ったかのように上から下まで血だらけだった。
「どうしよう。マジで、これさ」
浴槽へ溜めた水に目をやると、少しだけ減っていた。
体の血を流す事に大量に使っていたら、あっという間に尽きてしまう。
「やってみるか……」
宗田は何か考えを思いついたようで、服を脱ぎ風呂場へと入った。
すると、目を瞑り念仏のように何かを呟く。
一拍置いて言葉を紡いだ。
――イメージはお湯。
――体を清潔に保つ。
――それは球体となってシャワーとなる。
閉じた目を開けると、人の頭二つ分くらいの球体が浮いていた。
宗田が念じれば右に、左に、自由に動く。
試しに指を入れてみるが、いつも入るお湯の温度くらいの暖かさで心地よかった。
「成功した! しかも、体も……問題ない」
強く手を握りしめる。
宗田はすぐに球体へとシャワーになるように命じ、体を洗い始めた。
お湯に溶けた赤黒い水が這うように広がり、排水溝に流れていく。
球体が消滅したら、また魔法で出現させる。それを繰り返して体を洗い終えた。
「臭いも、大丈夫だよな?」
鼻を腕に近づけて嗅ぐが、あまりに強烈な悪臭に鼻孔が麻痺し分からなかった。
念のため、三回ほど体と頭を洗い部屋へと足を運ぶ。
「神崎さんは……寝てる。バレなくて良かった」
空気が抜けたように可愛らしい寝息が耳に届くと自然と、笑顔がこぼれ強張った体からようやく力が抜ける。
崩れるように布団へと横になると目を閉じた。
目を開けると部屋がまだ暗く夜かと思い、もう一度目を閉じようとした。
しかし、聞き覚えのある女性の声が耳元で聞こえる。
「宗田さん、起きてくださーい。朝ですよ、多分」
「……おはよ」
二度寝の誘惑を振り切り、体を起こして唯へと挨拶をした。
「おはようございます。凄い寝癖ですね」
頭に手を添えると、ぼさぼさとした髪を手で直す。
「昨日の今日だから疲れちゃってさ。神崎さんは体調は大丈夫そう?」
「はい。私は大丈夫です。寝たらいろいろと落ち着きました」
「そっか。それなら良かった」
でも、そう言った神崎さんの目は笑っていなかった。
「おほんっ! 宗田さん……昨夜はどこへ?」
「――えっ!? な、なんのことかな?」
「バレてるんですから、正直に話した方がいいですよ?」
「あ、う、それはその……ごめんなさい」
唯に詰められた宗田は観念したように謝罪する。
じっと見つめられバツが悪そうに宗田は視線を横に逸らした。
「やっぱり!」
「え、なっ! ブラフ?」
「そうです。宗田さん、一人で無茶しそうだったのと、起きたらゴミ袋が増えてたんで、もしかしてって思ったんですよ」
騙されたと項垂れる宗田に向かって、唯が説教を始める。
ちらりと、顔を見ると唯の目は赤く今にも涙がこぼれそうだった。
宗田の視線が床に落ちる。
いつも読んでいただきありがとうございます。
ストック無くなるまで毎日更新中です。
よろしければブックマーク、評価、感想をいただけますと幸いです。




