本当に助かったよ
「宗田さん……本当に魔石良かったんですか?」
「あぁ、いいよ。唯と二人ならすぐにグールくらい倒せるし」
そう言うと唯は嬉しそうに頷いてくれた。
「……二人とも、ありがとう。魔石に関して、本当に感謝する。それとだ――力の使い方……間違えないでくれよ」
紫苑は一通り話終えると立ち上がった。
彼が真奈に案内して欲しいと指示を出すと、出口へ歩いて行った。
ドアノブに手をかけて、肩越しでこっちを見たと思ったら、深刻そうな声で呟いた。
閉まった扉の音が耳を通り過ぎて、その後に紫苑の重たい言葉を残していった。
扉の木の板に彼の背中の影が残っているようで、目が離せない。
「それじゃ、案内するからついてきて」
真奈が前に出て彼の影が見えなくなると、首の自由がようやく戻る。
うなじの上でまとめた黒髪がひらりと舞うと、真奈も部屋の外に出ていった。
その後を追うように、宗田達も外に出る。
外で待っていた真奈が、三人を見て口を開いた。
「案内、と言ってもたいした物はないんだけどね。軽く説明するわね」
真奈が体ごと後ろを振り返り気味に口を開く。
「三階、ここはみんなが生活するスペースよ。基本的、男女は別々で一つのクラスに複数人が生活しているわ」
耳をすませてみると、話声や笑い声が聞こえる。
その中に子供の声が混ざっており、こんな世界でも可愛いらしい声色は、疲れた心を癒してくれるように感じた。
「二階は自由スペースね。図書室もあるし、そこで本を読んだり時間を潰してる人が多いかな。後は家庭科室もあって、当番制でご飯を作ってもらってるわね」
真奈の説明に宗田は静かに頷く。
「一階は自警団の詰め所と、夜の見張りに使ってるかな。二人はここでいろいろと仕事をしてもらうかもしれないから、覚えておいて」
一番、危険に近い部分を一階に置くのは正しい判断だろう。
ただ、昨日のことのようなことが起これば、逃げ遅れる可能性はある。
どちらがいいかと言えば難しいが、安心して休めるのは上の階だろうと思った。
「ちなみに、屋上も自由スペースだけど、特殊な目を持った子に、街の状況を観察してもらってるわ」
特殊な目とはどう言うものを言うのだろうか。
宗田が不思議そうな顔をしていると、それを見た真奈が説明してくれた。
「私達は……魔眼と言っているけど、魔力が見えるらしいの。それで、大きな魔力溜まりがないか見てもらってて」
途中まで話て一度唾を飲み込むと、再び口を開いた。
「今回もそれのおかげですぐに反応が出来たらしいわ。あのグール……体が見えないくらいドス黒かったみたい」
アドゥルバ、その強大な力があったからこそ、その、目に気づかれてしまったのか。
もっと戦力があれば誰も死なずに済んだのかもしれない。
「あ、あのっ!」
横に立っていた唯が恐る恐る口を開くと、普段より声のトーンが高かった。
「……何かしら?」
唯に向かって真奈が静かに聞き返す。
「……その、私を庇って死んじゃった……人」
そこから唯は言葉を続けられなかった。
下を見て肩を大きく落とす。
尻すぼみになった彼女の言葉は広い廊下に吸い込まれて消えていく。
真奈もその人物について思い出したのか、顎を上に向けてなにかを堪えてる様子だった。
「……健一郎さん。彼の、名前よ」
少しだけ上ずるように声が震えている。
「お墓……一応あるから行く?」
真奈が唯に問いかけると静かに頷いた。
――――
「ここが……お墓、ですか?」
「そうよ。本当は火葬して弔うんだけど、健一郎さんは……」
校舎裏の塀のすぐ下。
建物の影が伸びて体を隠されると、ひんやりとした空気が肌を触ってくる。
縦長の石を上に乗せただけで、名前もなにもない。
その辺から拾ってきたような雑草のような花が添えてあり、石の中心にはタバコ箱が一箱添えてあった。
唯は足を踏み出すのを一歩ためらう素振りを見せたが、ゆっくり前に出るとすっと膝を折る。
両手を合わせて死者を弔うように、深く息を吐いた。
少しだけ震える背中が見えて、宗田は横に並ぶと同じように手を合わせて目を瞑る。
唯を……救ってくれてありがとうございます。
顔も知らない、名前を聞いたのもさっき、知ってるのは唯を救ったと言う事実だけだった。
それでも、大切に思ってる彼女を救ってくれたこと。
彼がいなければ、全員がアドゥルバに殺されてたかもしれない。
英雄的――人間だと思うんだ。
「もう、大丈夫そう?」
唯の横顔に目を向けると、閉じられていた瞳は開いていた。
一点を見つめて動こうとしない唯に宗田が声をかける。
静かに頷きを返してゆっくりと立ち上がった。
「この人いなかったら、私……宗田さんと離れることになっていたかもしれません」
唯は重たげにそう言った。
あの戦いの最中で周りを観察している暇なんてほとんどなかった。
しいて言えば、最初にアドゥルバの額に一撃を加えた時、一瞬だけ何かの肉塊が見えた気がする。
原形をとどめない臓物と肉の集合体が、健一郎って言う人間だったのだろう。
唯がそうなっていたら。
考えるだけで歯と歯が押し合う力が強くなる。
今、こうして元気のない彼女だが、それすらもこの英雄がもたらしてくれた報酬なのだ。
「――本当に、助かりましたよ」
唯が宗田にしか聞こえないほど、小さい声で呟いた。
少し照れくさそうに、宗田に目を向けたり外したりを繰り返している。
助かった。
本当にそう思う。
唯に一言「そうだな」と言葉を返すと、宗田は真奈へと振り返る。
「真奈……健一郎さんって言うんだろ? ご家族は」
そう聞くと、真奈は首を横に振った。
宗田が下を向く。
すっと安堵するように息を吐き出して真奈に「そっか」と一言返した。
その後も言葉を続けようとしたが、健一郎さんのお墓のように、複数の石が並べられているのが見えた。
それぞれにお供え物がされている。
タバコ、花、おもちゃ、服。
全てバラバラだった。
それが気になった宗田は、真奈に再び口を開いた。
「他の石……今回亡くなった人達の?」
「……それも含まれてるけど、全部……ではないわ」




