溢れる気持ち
神崎唯に対する溢れんばかりの気持ちはなんなのだろうか。
彼女自身、可愛くて自由で優しくて――献身的。
それだけを聞けば魅了しかない存在なのかもしれないが、さっき自分の身に起き全身が高ぶる感じは異常だったと思う。
アドゥルバとの戦い以降、なにかに侵食されるように思考の一端が持っていかれる。
殺人衝動、カニバリズム、そのどちらも欲情に近く押さえるのが厳しい。
これにベリルが封印してくれた、破壊衝動が加われば、自分は完全な"怪物"に成り下がるのだろうか。
とりあえず、ベリルが今起きてることに関して封印するような素振りがないことを考えると、まだ大丈夫なのだと思いたい。
「……君。宗田君。さっきからぼーっとして大丈夫か?」
宗田が思考の中に囚われていると、部屋に戻ってきた紫苑に名前を呼ばれていた。
はっと前を向けば八つの瞳が自分を捉えている。
「あ〜、ちょっと考えごとしてました」
「疲れてるなら、明日でも構わないが?」
「いや、それは大丈夫だ」
宗田が話を続けてくれと言うと、紫苑は静かに頷いて口をゆっくりと開いた。
その後ろの真奈に目を向けて見るが、すれ違いざまに見せた真っ黒な瞳はなく、瞳孔が茶色くて、そのまわりに白目がちゃんとある。
それを見てから安心して、紫苑に再び顔を向けるとちょうど話始めるところだった。
「それで、二人にお願いがあるのだが……この拠点の自警団に入ってくれないか?」
自警団のメンバーが、先の戦いで数名亡くなったこと。
それと、物資の数が少なくてゾンビ以前にこの拠点の内側からボロボロになってしまうこと。
だから、戦える人材が必要らしかった。
「自警団に入っても正直メリットはない。なにかあれば多少は融通を聞かせるくらいか」
宗田達が中々返答しないと、紫苑が再び口を開いた。
要するにボランティアで命をかけろと言うことらしい。
唯に目配せすると、彼女も困ったようにこっちを見ていた。
さて、どうしようか。
「今回の戦いで死亡者は五名。その中で、副リーダーを務めてくれた人物もいた。話を聞けば、唯君……君を庇って亡くなったらしい」
その話は卑怯じゃないか?
唯の肩が上ずるように動いたのが見えた。
かと言って、その事実は変わらず、唯自身も助けられたと教えてくれたのだ。
宗田としても大切な人を守ってくれた、その副リーダーにはとても感謝している。
だから、自警団に入るのはやぶさかではないが、紫苑の冷徹な物言いが気に食わなかった。
「……宗田さん。私、入ってもいいんじゃないかと」
苛立ったように鼻から出る息が強くなり、紫苑を真っ直ぐに睨みつけていると、向かいに座る唯が控え目に口を開いた。
いつもは宗田に任せると言っていた彼女だが、自分の意志を向けて来たことに、下がっていた顔が持ち上げられた。
「唯……分かった。自警団に入ろうか」
宗田が彼女を真っ直ぐに見て言葉を投げかけると、緊張した表情が解けて、小さく笑顔を作った。
「ただ……紫苑、自警団に入るなら条件がある」
「条件とはなんだ?」
どうやら聞き入れてくれるらしい。
仮にだめだと言われたらどうするか。
その時に考えればいいな。
だから、考えている条件をつらつらと話すことにした。
唯と一緒に行動することを認めること。
どこで生活するかは自由にさせて欲しい。
自分達が手に入れた魔石は、自分達の物とする。
この三つを紫苑にぶつけると、深く息を吐いて俯いた。
どれも自分達にとって必要なことである。
特に唯と離れることになるくらいなら、ここから去って二人で生きていく方がよっぽどいい。
さて、紫苑はなんて言うか。
「……分かった。ただし、生活するにしても、この敷地内でお願いしたい。これは不測の事態に対応するため必要なことなんだ。理解してくれるとありがたい」
そのまま、紫苑は話を続ける。
「二人での行動も、場合によっては戦力を分散しなくてはならない。だから、必ずとは言えないが、基本的に許可する」
紫苑が一度、乾いた唇を舐めてくっつきかけた、上唇と下唇を引き剥がし、再び口を開く。
「……魔石だが。こればかりは半分ではだめか?」
「それはなんでだ?」
「ふむ。特に隠すつもりはないが、この拠点にはいくつか魔石を利用して、動く……機械、いや道具がある。それに必要なんだ」
それを聞いた宗田は悩む。
まぁ、黙ってれば分からないことではあるんだが、これはあまりにもメリットがない。
「ちなみにどんなのが?」
そう紫苑に問いかける。
「一つはコンロだ。料理するのに必要で、これは三つほどある。後は、電子レンジの様なものと、各々のステータスを見るために必要な水晶の三つだ」
どれもあると便利ではある。
ただ、魔石をどれくらい使うか分からないし、そこまで大量に必要とは思えなかった。
「それしかないのに、なんで半分も必要なんだ?」
少し無神経な言い方だったかもしれないが、はっきりと伝えることにした。
「それは、同じような物が見つかった時の貯金のようなものだ。さすがに何不自由ない生活とはいかないが……少しはまともな生活を拠点のみんなにしてもらいたい」
紫苑の言葉に宗田は押し黙った。
その声色はいつもより低く、真剣さが伝わってきたのだ。
「はぁ……まったく俺達にメリットがないのだが」
「すまない」
そう詰めても、紫苑は表情一つ変えずに謝罪の言葉を述べるだけだった。
「……分かったよ。困った時はお互い様……って奴か」
どちらかと言えば、紫苑の条件を飲んだ訳じゃない。
唯の気持ちを尊重した。
どれも本当なら突っぱねたかったが、彼女の悲しむ顔を想像すると、腹の奥が締め付けられる感じがした。
いざとなったら唯をつれてどこかに行けばいいだろう。
「あぁ……これはつけ足しで申し訳ないが……唯、彼女になにかしようとしたら、その時は……」
「……肝に命じておこう」
「ところでさ、グールの他の魔石、どうなった? 欲しいんだけど」
「……ああ、あれか。それは」
紫苑が真奈に視線を移してから、また宗田を見た。
深くため息をするように肩を上下させ、深刻そうにな空気が伝わってくる。
「――譲ってくないか?」
「はぁっ! それはさすがに嫌だぞ」
「そこを頼む。どうしても、魔石が不足しててな……苦しい状況ではあるんだ。あれだけあれば、かなり皆が楽をできる」
真奈が倒したのはいいとしよう。
でも、唯が倒したのはこっちのものだよな。
「黒いグールのは?」
「奴らの魔石は、取り出した瞬間砕けたと報告を受けている。原因は分からんが」
黒いグール。
真奈と唯を手こずらせた奴ら。
何故、壊れるのか。
ベリルにちらりと顔を向けたけれど、両手の平を上に向けて肩をすくめて返された。
「あの魔石がないと……子供達に温かいご飯が食べさせることができなくなちゃうの。宗君、お願い」
真奈と紫苑の両方からお願いされると、両手を組んで深く椅子に座り込む。
眉を中心に寄せて頭の中で考える。
上質魔石(小)が十三個あれば足りる。
グールを十三体殺せば何度でもなるし……。
せっかく子供を一人助けたのだけれど、でも、家賃が――
「――あー、分かったよ! 魔石は今回はやる」
宗田は叫ぶように紫苑そう言った。
「本当か……それはすまない。助かる」
「宗君、ありがとう」
グールならすぐに殺して、魔石を回収すればいい。
そこまで苦労することもないだろうし、三日もあればなんとかなる。
それに、なんとなくヒーローと言ってくれた少年の顔が浮かんだ。
お陰で、まだ残っている良心が前面に出てきたのだ。




