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おっぱじめないでよ

 紫苑と真奈が飲み物を持ってくると再び出て行ってしまった。

 少し休憩と言ったが、こうしてただ座ってるだけはなんとなく落ち着かなかった。

 唯とベリルとなにか話そうかと口を開きかけたが、珍しく唯もうつらうつらと瞳を閉じている。

 ベリルは大口を開けていびきをかいて、置物として置いておくなら美少女だが、現実はそれとほど遠い姿だった。


 そうしてやることがなくなった宗田は、ベリルと唯の後ろの本棚をなんとなく見つめていた。

 「……聖書」

 ひとつの分厚い本に目が止まり、なんとなく言葉を呟いた。

 手に取って読んでみようかと考えたが、この世界で神に祈ったところで救われないと、上げようとした足をソファーに再び沈める。


 聖書と言えば神と悪魔。

 詳しい内容は分からないけど、有名なのは"七つの大罪"だ。

 色欲には出会った。

 嫉妬は今、真奈を乗っ取ろうとしているかもしれない。


 彼女の黒い(まなこ)を思い出すと、アスエラが葵を乗っ取った時のことが鮮明に蘇り、少し胸が苦しくなる。

 

 可能であれば同じ結末を辿る真奈を助けたいと思うが、唯に対する態度や、自分にしてしまった仕打ちを考えると、酷いかもしれないが……どうにかしたいと言う気持ちが薄れてしまう。


 この世界になってからの自分の支えは神崎唯だ。

 彼女が無事で、傍にいてくれればいい。

 そのためなら、化け物になろうと人知を越えた力だろうと――なんでも利用する。


 彼女のことを考えるだけで、理性の端がパキリと音を立てて折れてしまう。

 日常に戻るために必要もの。

 ボロリと落ちて無残に転がると、背中がぞわりと逆立った。

 だけど、今は……現実が遠のく感覚が心地いい。

 

 可愛い寝息を立てる唯を見てるだけなのに、ドクドクと心臓が鼓膜を内側から強く叩いてくる。

 彼女を手に入れて一つに溶け合って二度と離れない。

 そう思うだけで、体の細胞一つ一つがいきり立つ。

 

 だから、俺以外は―― 


 ――触れるな、見るな、近寄るな。


 あれは――俺のだ。


 少しだけ押さえようとした感情が表に出かけた。

 アドゥルバとの戦いからどうしても、我慢ができないのだ。


 宗田に呼応するように、唯が目を覚まして真っ直ぐ見据えた。

 酷く歪んだ口元に、唯は恍惚とした表情を浮かべて手招きする。

 吸い込まれるように座っていた腰が浮いて、唯に手が伸びた。


 首筋に指を這わせると彼女の体がピクッと跳ねる。

 甘い吐息が漏れて、宗田の体を流れる血液が早くなった。


 柔らかい肉。体温。

 少しだけ浮き上がった血管の脈が跳ねる。


 このまま首をへし折って、その後に死ねば一つになれるのだろうか。

 我慢しようとするが細い首に絡まった自分の指が少しずつ食い込んでいって、唯が苦しそうに息を漏らす。

 だけど、抵抗することなく彼女の瞳は魅了されたように溶けそうに垂れていた。


 「――ちょっとー、こんなところで変なことしないでね!」

 不意に聞こえてきた声に宗田が慌てて体を引くと、テーブルの下の方から鈍い音がする。

 「いってぇ!」

 脛を盛大にぶつけて、宗田が押さえるようにしゃがみ込む。


 「だ、大丈夫ですか!?」

 唯が驚いたように近寄ってくる。


 「ふん! こんなところでおっぱじめようとする、お兄さんとお姉さんが悪いの!」

 ベリルが不貞腐れるように文句を垂れて、それに唯の背中が大きく跳ねる。


 「おっ……ぱじ、ちょっ、ベリルちゃん。そんなことしないってば! 変なこと言わないのっ!」

 唯が慌てて弁明するが、ベリルは白い目で見ている。

 

 「ふーん。どうだかね。お姉さんもノリノリだったし」

 「ち、違っ……! そんなことないからね」

 ベリルが容赦なく攻め立てて、唯がしどろもどろになっている。


 「……ベリルもその変にしてやってくれ。それと、そんなことするつもりは無かったからな」

 あの艶めかしい雰囲気から、説得力はないように見えるが、宗田の中にあったのは淫らな欲求ではない。

 むしろ、それよりも強烈で、全ての欲求を凝縮して解き放たれた、そんな感じだった。


 足を強打したことで、そいつらはどこかに消えてしまったかが、ベリルが声をかけるのが遅かったら取り返しのつかないことになっていたかもしれない。

 今も手の平に残る彼女の脈動が、自分の鼓動に上書きされて、宗田の呼吸も完全に落ち着いた。


 「はぁ〜……お兄さんも解放感からぶち撒けないでね」

 そんな汚い言葉を返してきたベリルだったが宗田は何も言えず、ベリルから顔ごと逸らしてしまう。


 「まだ、お兄さんの場合は馴染んでないんだからさ。お姉さんみたいに溶け合って、ある程度コントロールできるならいいけど」

 自称精霊様には全てお見通しらしい。

 ただ、第三者に認められて唯が踏み入れた領域に自分もたどり着いて、これまで詰まっていた迷いが完全に消えた気がした。


 「うん。ともあれ、お兄さんもこれで――こっち側にこれて良かったね」

 赤い眼差しが唯と宗田を交互に見据えて、満面の笑みを見せてきた。

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