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適応時間?

 紫苑へある程度の情報を話し終えた宗田は乾いた唇をそっと閉じた。

 「情報……感謝する。どこまで信じるかどうかは別の話しだが、喰らう者……死んだ人間がゾンビになる理由が分かったのはありがたい情報だ」

 そう言った紫苑の瞳はなにかを思い出したかのように、目が細まる。


 「それと、目が覚めるのが人によって違う。これも、なんとなく分かった気がする……と言っても推測たが」

 「そうか……その推測とやらを聞きたいんだが」

 紫苑に宗田が聞き返す。

 

 「恐らく、その魔素とやらに体が"適応"するのにかかる時間が人それぞれだからじゃないか? ちなみに……ベリル君、良かったら教えてくれ。生き返るタイミングはいつだ」

 

 適応するのに時間がかかる、か。

 仮に適応するのに時間がかかったとすれば、唯と自分が目を覚ましたのがほぼ同時。

 これも偶然だったと言うのだろうか?


 運が良かった。そうすませればいいのだが……今は考えても答えが出ない、か。

 宗田は頭の中を切り替えるように、軽く首を振って今考えたことを押しのけて、紫苑の話しに集中することにした。

 

 紫苑の黒い瞳がベリルを捉えると、眠りかけていた彼女の体がびくっと跳ねて、口から垂れた涎を拭う。

 

 「へぇ! ひぇあ……起きる直前だよ。それまでは死んでるね」

 突然話しかけられたベリルの声は裏返り、奇声のような高い音色を奏でるが、すぐにしわくちゃの顔を真っ直ぐに戻してそう言った。


 「ありがとう。これで、いろいろと合点がいったよ」

 「それはどう言うことだ?」

 「真奈、話してもいいかい?」

 紫苑が肩越しに真奈へと振り返る。

 「かまわないわ」

 真奈は座ってる紫苑に視線を落とし、一言だけ返す。


 「真奈からは許可が出たが……宗田君、君と彼女の関係は知っている。不快に思わないでもらえると助かるのだが」

 

 「不快に? それは……大丈夫だ」

 少しだけ心が揺れたように感じたが、隅に映った唯の影にその気持ちは簡単に四散する。

 彼女がいてくれればいいんだ。

 

 だから、真奈がどう過ごしてたかなんてどうでもいい。

 目の前で他の男について行って――音信不通。

 それを思い出しても、抉り出されるような心の痛みは感じることはなく、宗田にとってはただの記憶の一部へと成り下がっていた。


 「そうか……。まず、彼女が目を覚ましたのは二週間後だった。私よりも遅かったのは間違いない」

 紫苑が話すのを宗田は黙って聞いていた。

 「彼女はその日も変わらず、当時お付き合いしていた彼と寝ていたわけだが、あの夜が訪れた」

 

 ああ……あの時、車に乗っていた男か。


 「そして、意識が戻ると真奈の彼氏はなにもせず、ベッドの横に立っていた。ただ、それは人ではなく……ゾンビになってな」


 真奈はよく生き残れたな。


 「ここで疑問がひとつ。どうして襲われなかったか、だ。目が覚める寸前まで死んでいたとすれば、ゾンビは死体を喰わないからな」


 つまり、生きてる人間しか襲わないゾンビにとって死体は食料になり得ない。

 でも、どうして生きてないとなんだ?


 「ベリル君、もう一つ質問させてくれ。ゾンビが人を襲うのは、魔力を取り込むためかい?」


 紫苑の推理にベリルが驚いたように赤い瞳が大きくなった。

 そして、それがすっと細まると静かに頷きを返す。

 「その通りだよ」

 それ以上のことは言わなかった。

 

 「なるほど――だから、人が多いとゾンビが集まってくるわけだ。多ければ多いほど……そこにある魔力の総量が増えるから、か」

 

 紫苑がそう言うと、今まで反応を見せなかった唯の肩がかすかに動いたのが見えた。


 「あの……それ、私も心当たりあるかもしれないです」

 唯が恐る恐る話し始める。

 

 ――――


 「そんなことが……」

 「黙っててごめんなさい。と言うか、必死に戦ってたから記憶が曖昧で、今の会話で思い出しました」

 唯の肩がストンと落ちて、宗田の顔を何度も伺うように見てきた。

 「唯が無事ならそれでいいよ」

 宗田の言葉に唯は胸を撫で下ろす。


 と言うか、当時の自分達がその生存者達を見つけてもどうしようもなかった。

 ただ合流して、それで終わり。

 せめてもの救いは、唯が大量のゾンビとグールを全滅させたこと。


 「話は分かった。そのホームセンターには後で偵察に行ってもらおう」

 それで生き残りがいればいいが、ここに迎え入れるとなると、それもまた問題だ。

 特に食料。

 百人くらいこの拠点にはいるらしいが、それ以上となると、内部崩壊する可能性すらある。

 紫苑はどうするつもりなのか?


 「紫苑、ここ以外にも他の人達が生き残ってる拠点はあるのか?」

 宗田が問いかける。

 「ああ、三カ所。私が知ってる限りでは、同じようなコミュニティを作って生き残ってる。定期的に連絡を取り合って、互いの無事を確認する程度だがな」


 となれば、生き残ってたとしたら同じような感じになるのだろう。

 自分が気づいてるんだから、紫苑が気づかないわけがない。

 こいつがお人好しすぎなければだが。


 「だいぶ話こんでしまったな……一旦、休憩にしよう」

 紫苑がそう言うと、宗田の肩から力が抜けて、椅子に深くもたれかかる。


 「飲み物を準備するから待っててくれ」

 紫苑が立ち上がり出口に向かって歩き出す。

 その後ろを真奈がついて行くのだが、不意に目があった。

 「――っ!」

 彼女の瞳の片方が紫色に染められていた。

 それはアスエラと同じ。

 白目はなく、全てが同色で彩られている。


 それはまるでこっちを見ているぞ、とアピールするように真奈の顔は前を向いているのに、その目だけが別の意志を持っているかのように見下ろしていた。 

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