過去のできごと
真奈が息を飲むように口を開いた。
「昔……と言っても少し前、ね。まだコミュニティでもなく、避難所って感じの時だったわ」
彼女の息がまざったような声は、いつもよりも沈んでいた。
ぽつらぽつらと躊躇いながら話す彼女声に、宗田達三人は耳を傾ける。
「それこそ、まだゾンビやらが発生したばっかりで、みんなこの学校にそっと身を潜めたの」
真奈はそっと瞳を閉じて、記憶を咀嚼するように話す。
「今みたいにまとまりのあるコミュニティって感じじゃなくて、各々が好きに暮らすような避難所って感じだった。私も目が覚めたばかりで、魔術もなにもわからなかった」
それは懺悔するよう後悔に近い感情が彼女から染み出していた。
「それは……ある日突然だったわ。一人の男が突然発狂したように暴れ出して、手当たり次第人を……」
最後の言葉が尻すぼみに消えていく。
「まあ……簡単な話なんだけど、自分が魔術を使えるからって、死ぬくらいなら好き勝手してやろうってこと、ね」
だから、紫苑はあんなにも厳しいことを言うのだろう。
宗田と唯は普通の人から見れば異常だった。
コミュニティと言う集団では大きな盾にもなるし、逆に自分達に刃を向けたも当然だった。
仮に唯が暴走したら、壊滅的被害を受けると思う。
そうなれば自分は唯を守るだろう。
初めて彼に出会った時に、試すような真似をしてきたのは感情的に揺さぶって、どう反応をするか見てたに違いない。
他の人が死んでいく姿を見てしまったからこそ、当然だったのかもしれないな。
「結局……そいつはどうなったんだ?」
「それは、紫苑が隙を作って……私が、ね。そこから紫苑がコミュニティのリーダーになって、私が自警団のリーダーになったわ」
真奈は自分の手の平を眺めるように見ていた。
当時のこと、赤く染まった時、彼女の茶色い瞳にはそれが映っていたのかもしれない。
「良かったこと……と言うとあれかもしれないけれど、死体がゾンビになる。それを知ったのもこれがきっかけね……」
彼女が言い終えると湿っぽい空気がさらに鬱々とまとわりついてくるようで、宗田は首筋に染み出した汗を手で拭った。
言葉が特に見つからない。
唯と宗田は押し黙ったまま、墓石をじっと見つめていた。
「人間って、大変だね」
背後でずっと黙っていたベリルが口を開く。
「でも、そうやって悲しんでくれる人がいるだけで、充分だと思うよ」
ベリルにしては珍しく、子供の声色から少し落ち着いたように声をしていた。
彼女に目を向けると宗田達と同じように墓石を見ているはずが、どこが少しずれているような気がする。
自称精霊だが、自分と違って不思議な力をたくさん持っている。
そんな彼女だから、人間とは別のものが見えててもおかしくないだろう。
宗田は遠くを見るベリルの赤い目から、顔を逸らすことはできなかった。
――パンッ
すると、乾いた音が校舎裏に響く。
「辛気臭い……話は終わりにしましょう。まだ、案内も終わってないし、次に行きましょうか。それと、昨日の夜の挑発……紫苑を恨まないでね」
真奈は宗田達の返事を待たず背中を向けて歩き出してしまった。
歩幅に合わせて揺れる肩に、少しだけずれた震えが混ざっているように見える。
善処はする。
心の中で宗田は呟いた。
「俺達も行こうか」
宗田が二人に声をかけると、真奈に小走りで駆け寄った。
――――
「――唯、そのさ、あの〜、そんなにくっついて暑くない?」
――真奈に校庭へと案内されると、そこには自警団のメンバーの姿があった。
人数は二十人ほどで、交替要員も含めるともう少しいるらしいとのこと。
各々が訓練するように魔術や組手など、練習をしていた。
必死に頑張って生きようしている人達に宗田も触発されて、疼くように指先が動く。
そうして、真奈から説明をうけていると。
「なぁ……あれって、健一郎さんが助けたって言う女だよな」
ヒソヒソと話をするように、数人がこちらを見ながら会話をしている。
その中身は、もっぱら唯のこと。
「どうして……健一郎さんがあんな奴のために、アイツが死ねば良かったんだよっ!」
「おい! 辞めろって! あの女やべーから!
マジで殺されっから!」
"死ね"と言う単語を聞いた瞬間、宗田の眉がとんっと浮く。
「またまた〜! あんな小柄な子がやばいとかねーから。むしろ、可愛いじゃん! 俺、声かけようかな」
「てか、あの横の男。でっかいグール倒したんだろ? 見えねーよ」
「シシっ! しかも、釣り合ってないよね」
「見た目雑魚でしょ」
嘲笑や唯に対する良くない感情に、たくさんの色で染められていた世界が赤一色へと変わった。
瞳の奥に入り込んできた錆ついた色が、脳を犯すと理性と言う紐を、じりじりと溶かし出す。
繊維が後一本で切れそうになった時、左の腕がなにかに絡め取られる。
千切れかけた紐を結び直すように、一呼吸置いてからその方向に視線を向けるとつむじが見える。
強く、だけど痛くない塩梅で唯が宗田の腕を取っていた。
「……へ? どうしたの?」
もしかしたら自分の心を読まれてたのかもしれない。
だから、唯は止めようとしてくれたのだろう。
ずっとくっついたまま離れない彼女に、「暑くない?」と問いかけたのだ。
「……しちゃう」
上手く聞き取れなかった。
唯が再び呟く。
「宗田さんにくっついてないと、我慢できないんです。お腹がキュンってするんですよ」
とびっきりの笑顔を唯は宗田に向けた。
「――あっ!」
なにか思い立ったように唯は声を上げた。
「そう言えばこの人達って、あの戦いで何してたんですかね? えっと……なんのための自警団でしょう? 肉の壁でみんなを逃がすのかな?」
宗田にそう話た唯の声色は、特に相手を馬鹿にするような色はなかった。
心の底から疑問に思ったことを投げただけ。
それが余計に校庭の空気を一気に引き下げる。
「ん〜……つまり雑魚? なら、相手する必要ありませんでした。宗田さん! ずっとくっついててごめんなさい。暑かったですよね?」
赤らんだ彼女の瞳がすっと戻ると、つまらなさそうに唯は空を見上げる。
それがトドメとなったのか、自警団のメンバーの一人が近づいてきた。
アップデート人類
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