清々しい気分
たが外れたように清々しい気分だった。
原形を失ったアドゥルバの顔をじっと見つめていると、あんなにも威張り腐った奴が惨めに死んだことに、少しだけ笑いそうになる。
不謹慎だと、自分の口元の緩みを誤魔化すようにアドゥルバの口に突っ込んだ右腕を引き抜いて、前髪をかき上げようとするが、髪の毛に触れることはできなかった。
「あ、腕……ない」
自分の目の前に右腕を持ってきて見れば、枝が乱雑に折られて、ボロボロに繊維が飛び出したかのように肉と骨が顔を出していた。
髪をかき上げろと指示を出した指先は跡形もなく、焼けただれた肉の隙間からは、圧縮された血液が吹いている。
「――イメージは深層修復」
今もなお、唯の加速と言う技の後遺症を回復しつづける魔法のリソースを、少しだけ自分の破壊された腕に集中する。
すると、焦げた肉がボロボロと剥がれ落ちて、その内側からピンク色の肉が姿を見せた。
神経の一つ一つが戻っていくたびに、麻痺していた感覚が戻っていく。
ズキズキと熱を帯びた鋭い痛みが脳に届くと、思わず千切れ飛んだ根元を反対の手で押さえて、腹のところに持っていく。
体を少し前かがみにして痛みに耐えていると、少しずつ熱が引いていって、指先の感覚が戻った。
――マスター、対象時間が終了しました。『模倣』を終了します。
シーリスの声が頭の中に聞こえて、トレースした神崎唯の力が抜けていく。
夢じゃないと分かっていても、あの会話はどこか自分の幻想かとも思っていた。
だけど、その声が聞こえて、権能と言う力が自分の体の中に芽生えた実感が再び湧いてくる。
「……シーリス、お前は――」
宗田がそう言葉を紡ごうとした時、背中に何かがぶつかってきた。
そこから腕が伸びてきて、胸の前で交差するように抱きしめられる。
「――宗田さん!」
血の臭いと、腐った肉の臭い、そこに女性の香りが混ざった酷く吐き気を催すような最悪な悪臭。
だけど、宗田にとってはとても愛おしく、それを感じた瞬間、体の張りが解けていく。
それと同時に――欲しい。唯が。
誰にも渡さない。
高ぶった気持ちが落ち着いたと思ったら、ドロリとした感覚がヘドロのように巻きついてくる。
どうしてか、彼女が大切過ぎて壊してしまいたくなる。
自分の理想のうちに、このまま二人で死ぬのもいいんじゃないだろうか。
そんな飢餓に似た欲求が這い上がってくるのを強引に押し込めて、なんとか平静を装って口を開く。
「唯……無事で、本当に良かった」
背中ごしに彼女に声をかけると、抱き締める力がほんのわずかに強くなる。
その温もりをずっと感じていたかったが、宗田は「大丈夫だよ」と、もう一度声をかけて腕を優しくどける。
唯に向き直って彼女の瞳を見つめると、赤く濁った瞳が見つめ返してくる。
少しだけ無言で彼女を見つめると、鏡越しに自分の姿を見ているような錯覚を覚えた。
唯はじっと見つめられて恥ずかしそうに、視線がそこかしこに泳ぎ続け、再び目が合うと、耳まで真っ赤にしながら満面の笑みを浮かべる。
それにつられて宗田も笑顔を返すと、唯の腕を引っ張って抱き締め返した。
「く……苦しいです」
そう文句を言ってきたが、その声色は上ずっていて、自分からは離れようとしない。
胸の中で、唯がふっと顔を上げると、宗田の瞳を覗き込んでくる。
「……赤い」
そう呟くと、宗田の心臓がトクンと高まった。
「――ようやく一緒ですね」
それは、自分が唯と同じ世界に足を踏み入れたことを宣言されるのと同じことだった。
だけど、宗田は戸惑いはしたけれど、唯と同じになれたことに、どこか安心したように軽く笑って返す。
「お待たせ……って、あ……やば」
二人で微笑みあっていると、宗田の視界がぐらりと揺れる。
それは魔力切れが迫っていた。
唯の能力を行使した代償を押さえるため、権能でどうにか耐えてきたが、そろそろ限界がきたようだった。
「え? 宗田さん!?」
膝から崩れ落ち瞼が重く蓋をしてくる。
唯の慌てた声が聞こえてきて、返事を返そうとすると胸が急激に熱を帯びた。
これは……レベルアップか?
アドゥルバを倒した経験値が、今になって自分のレベルを押し上げたようだ。
それも今までに感じたことがないくらい熱く、心臓がバクバクと音を奏でた。
体に溢れかえるような力の濁流は快感を通り越して、苦痛を与えてくるよう。
地面を見つめるように耐えていた宗田の前に、唯も跪くように座り込む。
胸をぎゅっと押さえて、頬が高揚している。
「熱い……です」
唯もアドゥルバと戦っていたからか、同じようにレベルアップしたらしい。
二人でひとしきり、この熱さに耐えてしばらくすると熱がすっと消えていく。
「びっくり……した。って、宗田さんも大丈夫ですか?」
唯が声をかけてくる。
「とりあえず、ね。唯も怪我とか大丈夫?」
レベルアップの影響で、枯渇しかけた魔力が回復して余裕ができた。
それと同時くらいに唯の技の後遺症が消えて、魔力の消費がなくなったのを感じる。
一安心と息を吐き、自分のこともそうだが、唯もかなり深手を負ってたからと、視線を上から下に下ろすと、彼女の白い肌で目が止まる。
キュッと引き締まった腹筋に、控えめにへそが顔を出し、宗田はそこに傷が一つもなくて安心する。
「宗田さん……なにを見てるんですかね?」
そう言った唯の声は震えていた。
今日一番くらいに顔が真っ赤に染まり、腹を自分の腕で覆い隠す。
それに気づいた宗田はわざと見続けると、唯がばっと立ち上がる。
「宗田さんの意地悪! 変態! 嫌いです! 大っ嫌いです」
キリキリとした声で唯が叫ぶと、宗田は声を上げて笑った。
久しぶりにこう言うやり取りが出来て、ようやく戻ってこれたんだなと、実感が湧く。
ただ、それと同時に唯と同じ道を辿ると決めたことで、戻れない寂しさが少しだけ肩を重くした。




