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模倣『神崎唯』

 権能の一つの模倣を発動させた瞬間、体に重力が戻ってきたかのように、全身が地面吸い寄せられる。


 生身の肉体は想像以上にズタボロで、息をひとつ吸うのですらやっとだった。

 ただ、苦しさに呻きながら薄っすらと瞳を開ければ、唯を食い殺そうとしているアドゥルバの影は微動だにしていない。


 ――これが神崎唯の能力なのだろう。


 世界が"静止"している。 

 ただ、痛みは本物で、なにもしなければ地面にひれ伏したまま、二分が過ぎてしまう。

 宗田は心の中で、もう一つの権能を発動する。

 

 ――イメージは深層修復


 権能の名前を呼ぶと、体から急速に熱が引いていくのを感じた。

 そして、体の骨が音色を奏でるようにゴキゴキと音を立てた。

 最後に背筋を思いっきり引き伸ばされると、折れた背骨も完全に元に戻る。


 「……治った。これが――権能の力」

 痛みが引いた体を持ち上げて、真っ直ぐにアドゥルバを見れば、唯の首を握り絞めたまま動きが止まっていた。


 近づいてみると体に大きな傷はなかったが、今にも消えてしまいそうなくらい顔から力が抜けている。

 「……自分で怪我は回復したのか」


 ごめんね。

 こんなになるまで頑張らせて。


 そう心で呟きながら、アドゥルバの指を一本ずつ引き剥がす。

 最後の指を唯の首から離すと彼女を抱きかかえるようにしてその場を離れた。


 優しく抱きかかえた唯は小さかった。

 こんな華奢な体で今まで戦い続けてくれたのかと思うと、宗田の心が張り裂けそうになる。

 彼女をベリルの障壁の内側にそっと置く。


 こんなになるまで、自分は唯に酷い仕打ちをしてしまった。

 もっと自分が強ければ苦しまずに済んだのだ。


 変なしがらみにこだわった末路がこれ。

 唯一の救いは奇跡が起きたことだろう。


 自分が何者だっていい。

 化け物でも狂っていても、ただ目の前に横たわる小さい女性を守りたい。

 それだけだ。

 

 「さてと、その前に……良かった。魔石は無事だ」

 ポケットの中にしまった巾着を取り出して、中身を見ると、色とりどりの石たちは、その中でずっと輝いていたようだった。

 それをベリルの横に置く。


 「この魔石があれば、少しくらい時間を稼げるかな」

 最悪、自分が死んだ時のことを考えて魔石を渡して置くことにした。

 宗田がアドゥルバの元へ戻ろうと顔を上げる。

 「ベリル? 動いた……いや、気のせいか」

 赤い瞳がわずかにこっちを見たような気がした。

 目の前で手を振って見たが反応がない。


 「ベリル、時間が動きだしたら、その魔石は好きにしていいからな」

 戦いが始まれば、ベリルに話しかける時間はないと思う。

 聞こえてるか分からないが、一応そう言っておくことにした。

 

 「さてと……」

 アドゥルバの元に戻ると、唯が使用していた大斧を宗田は握った。

 このままでは扱えない。

 だから――


 ――リロード、対象能力『怪力』

 ――トレース開始


 シーリスに解放された時、権能の使い方が自然と頭の中に流れてきていた。

 最初からそこにあったかのように、使い方を熟知している。


 唯の加速と言われる力から、彼女のもう一つの力へとスイッチする。


 「イヒッ――ヒッ!? あぁ……あの女はどこだ?」

 加速が解除されると、世界に音が戻る。

 アドゥルバは自分が掴んでいた唯の存在を見失い、疑問の声を上げた。


 宗田はアドゥルバが困惑している隙に、斧を持ち上げようとする。

 「――がはっ!」

 これはなんだ?

 全身が引き裂かれそうになるような痛みに、胸に強く指を食い込ませて耐える。


 「イメージ……は深層……修復」

 もう一度、回復の権能を発動させると幾分か楽になる。

 「加速……の代償か?」

 唯はずっとこんなのに耐えていたと言うのだろうか?


 ずっと助けられてきた。

 それなのに、自分本位に彼女を利用して……。


 発動した権能は今も魔力を吸い続けている。

 大怪我をまたたく間に治したと言うのに、このままでは魔力が枯渇するのは時間の問題だった。


 それくらいあの"加速"と呼ばれた技の代償は大きいのだ。

 ベリルが忠告する理由が分かる。

 もう二度と唯にこの技は使わせない。


 それくらい強くならないと。

 もう迷わない。


 唯、一緒に――

 

 「アドゥルバ……」

 宗田がその名前を呼ぶと、屍者の王と名乗ったグールの顔がこっちを向いた。


 「ヒヒヒッ! お前が何かしたのか? ――面白い! 早くかかってこいよ!」

 アドゥルバは焦るわけでもなく、口角を吊り上げて楽しそうに笑っていた。

 宗田が強く斧の柄を握り、足に力を込める。


 「アッハァ! いいぞ、ニンゲン!」

 宗田が飛び出すと爆発が起きたかのように、舗装された地面が砕け散る。

 全身の力を込めた脚力は本来、宗田が出せる力を遥かに越えていた。


 「……死ね」

 静かに呟くと、斧を横から薙ぎ払うように振り抜く。

 アドゥルバが避けようとする動作を見せたが、思った以上に宗田の動きが早く、唯の攻撃を受けた時のように手で掴み取ることを選択した。


 「ヒッ! やっぱり、この程度――」


 ――イメージは杭


 唯の怪力に宗田の魔法を上乗せする。


 「――はぁっ!」

 宗田がさらに強く柄を握り締めると、ドンッと言う衝撃波の後に緑色の血が空を染めた。

 「まだだっ!」

 アドゥルバの力はガソリンのような化学物質のような臭いがした。

 これが、あの爆発の正体なのだろう。

 そうなればもたもたしている暇はない。


 一気に畳み掛ける。

 振り上げた斧を素早く振り下ろす。


 「イヒッ! 残念でした〜」

 アドゥルバがわずかに身を捻り、宗田のとどめの一撃をかわす。

 ただ、変わりに左腕を肩から切断することはできたが、奴の余裕な表情は変わらなかった。


 「シネ――ニンゲン」

 宙に舞った自身の左腕を、その巨体からは考えられないほど俊敏に掴み取ると、宗田に向かって投げつける。

 そして、後ろに大きく跳躍すると、指を鳴らした。


 ――空気が震えた。


 宗田が赤い閃光に飲み込まれると、その衝撃は空気を盛大に震わせた。

 爆発の余波で、空気が波紋状に広がってベリルの魔法陣をビリビリと揺らす。

 その外側にいた真奈は地面に伏せてやり過ごすが、そのまま体を持ち上げられて宙を舞った。


 「カカカッ! くたばった――」

 「――リロード対象能力『怪力』」


 死んだと思った宗田が、なんの前触れもなく目の前に現れて、初めてアドゥルバは驚いたように目を見開いた。

 動揺する奴に宗田は拳を突き立てる。


 ――イメージは杭


 アドゥルバの顔に向かって手を伸ばすと、噛みちぎろうと口を開ける。

 だけど、宗田は避けることせず、喉の奥まで手を突っ込んだ。


 「これで終わりだ」

 噛みちぎろうとする、アドゥルバよりも早く宗田が魔力を一点に集中する。


 ――紅蓮の砲撃


 そう唱えた瞬間、再び大きな爆発が宗田とアドゥルバを包んだ。 

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