足掻き
熱い閃光が迸しり、胸にあった違和感が消えて、浮遊感と共に硬い地面にぶつかった。
ジワジワと染み出すように腹の奥から体液が流れ出るのを感じると、いっそう瞼が重くなった。
「――唯さん!」
耳の中にキンキンと響く女の声が激しく鼓膜を揺らすと、頭の奥がビリリと痛む。
瞼が消えて顔と一体化したかのように、目に貼り付いた薄い膜を開けば、顔を見るだけでむかつくあいつが私の顔を覗き込んでいた。
こいつ、嫌い。
――殺したい。
だから、殺しちゃおう。
そう思って手に力を込めようとしたが、ピクリとも反応しなかった。
あ……私、これから死ぬんだった。
そう思い出すと、腹の中心がずきずきと痛み出す。
胃に生暖かい液体がパンパンに詰まり、限界を迎えて口から溢れ出す。
嗚咽が走り、激しく咳き込んだ。
こぽっと言う音と共に赤い塊が飛び出してくる。
おかげで苦しさから解放されて、霞んだ視界が闇に沈む人影を捉えた。
「……そう……た……さん」
それは彼が地面に崩れる瞬間。
今……行きますから……。
全身の力を両手に込めると、腕が少しずつ動いてくれた。
ただ、その力は弱々しくほんのわずかに動くと動きを止めてしまう。
動け、動け――動いてよ!
心の中で激しく叫んでも、状況は変わることはない。
「唯さん! さっきみたいに回復できないんですか!?」
騒がしく捲し立てるムカつく女に、混乱していた頭のざわつきが、少しだけ穏やかになる。
悔しいけど、この女のおかげで命拾いしたかもしれない。
"回復"と言う四文字に、最後の力を口を開くことに全てを使う。
「な……お、れ」
その一言をなんとか言い終えると、体の中心にあった熱が消えていき、地面の感触が戻る。
感覚を潰された嗅覚が戻ると、吐きたくなるくらい生臭い臭いが鼻腔を強く刺激する。
思わず顔をしかめてしまうが、こうしている時間すらもったいない。
立ち上がろうと足に力を込める。
「……あ、れ?」
一度は立ち上がったものの、膝に力が入らずその場にへたり込んでしまう。
「どう……して? お願い、立ってよ」
懇願するように自分の足に訴えかけるが、言うことを聞いてくれなかった。
怪我は治ったが、体が限界を迎えている。
だけど、諦めるつもりはなかった。
這いつくばって自分の愛用の武器の元に近寄って、それを杖のようにして強引に立ち上がる。
いつもなら重さを感じない鋼の斧が、私の腕を軋ませた。
強引に前に一歩足を踏み出すと、ふらついてそのまま後ろに倒れそうになってしまう。
「――危ない!」
硬い地面に背中を打ちつけるかと思えば、柔らかい感触と、血なまぐさいこの場に似つかわしくない甘い香りが鼻の奥に届いた。
とても不快で、殺意が芽生える臭い。
体がちゃんと動けば、このまま殺してしまうほど不愉快だ。
ぎっと背中を支えた本人を睨みつけるように、顔だけ振り向く。
「もう……そんな睨まないで、それと……この斧がお重すぎて……限界かも」
苦笑を返す、ムカつく女の体から小刻みに振動が伝わってきた。
私と一緒に抱えるには、この女が支えるには酷だったみたい。
すっと、体を離してお礼だけを簡潔に述べることにした。
「……ありがとうございます」
目を伏せながら言葉を述べる。
そして、再び目を開ければこの女よりもその後ろの光景が視界に飛び込んで、視線が外せなくなった。
学校の敷地と外を隔てる大人の背丈くらいある塀に、黒いグールが串刺しとなっている。
一歩は顔の中心を、もう一本は腹を。
赤とオレンジが混ざり合った魔法の槍は、その部分だけを鮮明に照らして、そこだけ昼が戻ってきたようだった。
周囲をジリジリと焦がし、今も消えることなくグールを焼き続けている。
顔のど真ん中に突き刺さった炎の槍は、グールの命を奪うまでには至らなかったが、少しずつ体が燃え始め、ほっとけば絶命することが見て取れた。
どうにか槍を抜こうと握ろうとすれば手が瞬時に焼けて、指先からボロボロと音を立てて崩れ落ちていく。
その光景に、どうしてか、顔を逸らすことができない。
食い入るように見つめていると、頭の中にノイズのようなものが走り、その向こう側から彼の気配を感じる。
――唯……あとは頼んだ。
宗田さんの声が聞こえた気がした。
その瞬間、これまで重かった体がふと軽くなる。
彼と心のどこかでまだ繋がっている。
そんな気がしたのだ。
いつぞやの夢……その時も私は宗田さんと繋がっていた。
彼がいれば、彼のためだったら。
彼が欲しい。欲しい――欲しい。
そう恋焦がれて、ようやく夢の中だけでも繋がれた。
まだ……ずっと一緒。
離れてあげない。
こうして体が普通に動けるようになったのは――宗田さんのおかげ。
『後は頼んだ』
そんなこと、私はしりませんよ。
頼まれません。
邪魔する奴らは殺せばいいじゃない。
あのでっかいグールも、魔王だって……。
私にとって宗田さんは――
「ちょっ、唯さん! 一人で行っちゃ――」
――世界なんです。
離しません。なにがあっても。
私の体が頭だけになっても、それでも宗田さんだけのものです。
だから……これから一緒に――狂いましょう。




