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ヒーロー

 「ヒッ、ヒヒヒッ。あー、シンだ。あれは、シンだ」

 胸を貫かれた唯を見て、ケタケタとアドゥルバは笑い続けている。


 胸を貫かれた彼女を見るのは二回目だった。

 辞めて……くれよ。

 

 唯の元に行こうと手の力を使って前に進もうとしていた。


 「あ? なんだ? ヒヒッ、諦めろ」

 頭を鷲掴みにされると地面にそのまま押し付けられる。

 「ちゃんと見やがれ」

 そして、ぐいっと顔を持ち上げられると唯の体から力が抜けていく光景が映る。


 力をくれ。頼む。

 いつもみたいに頭の中で音がして、不思議な力が湧いてくるだろ?

 なんで……なんで、何も力が湧いてこないんだ。


 ベリルにかけられた封印は強固だった。

 破壊衝動に駆られる自分を押さえるためと言えど、この時ばかりはそれが邪魔をする。

 少し離れたところでみんなを守るために、黄金の障壁を張っているベリルに目を向けたが、特になにかをしてくれることはなかった。


 むしろ、軽く視線を送ってくるだけで、そこにはなんの感情もなく、この窮地をどうにかしてみろ、と試しているように思えた。


 悔しくて、だけどなにもできない歯がゆさに、宗田の心がボロボロと砕けていく。

 絶望に染められた瞳の向こうには、唯を助けようと真奈が駆け寄る姿があった。 

 だけど、グールは唯を盾にするように手を前に突き出して、真奈は振りかざした剣を止める。


 宗田の虚ろな瞳から徐々に光が消えていく。

 心が限界だった。

 全てを投げ出して、このまま眠ってしまいたい。

 

 自分もそっちに行くから、ね。

 唯……守ってあげられなくて……。


 そう心で謝罪すると、瞼が下に落ちてゆく。


 「――がはっ!」

 腹に強い衝撃が走った。

 アドゥルバは宗田が意識を失いそうになるのに気づくと、腹を殴打する。

 ぐりっと内臓を押されると、胃に溜まった血液が口から吐き出され、地面をさらに汚した。

 

 「だれが、寝ていいっていった? 我がいいって言うまで目を開けろ、そして、シヌな。命令だ」

 傲慢な態度を見せるアドゥルバが宗田の顔を紫の舌を使って舐めると、喉を潤すかのように血液を堪能する。

 

 「カーッ! うめぇ、うめぇ。なぁ、ニンゲン、憎いか? 我が憎いか? それとも、恐怖で息もできないか?」

 ぐらぐらと宗田の頭を掴んだまま何度も揺する。

 そのたびに内臓が押されて、コポコポと血が溢れた。


 憎い? 怖い? そんなのどうでも……いい。

 ただ、猛烈に眠いんだ。

 寝かせてくれよ、頼むからさ。


 破れた鼓膜のせいで断片的に聞こえたアドゥルバの言葉に、眉が一瞬跳ねるが奴の目を一瞥しただけで他に反応することはなかった。

 口を開ける時は血を吐き出す時だけで、指先ひとつ動かすことも、だるくてめんどくさい。


 すべてかどうでもいい。

 日常とか狂ってるとか、死にたいとか……。

 あんなに執着していたことですら、最早興味がなかった。


 「ころ……せ」

 気力を振り絞って出した言葉は懇願するような一言。

 アドゥルバがそれを聞くと、ただでさえ大きな口がさらに裂けて高笑いを始める。

 「イヒッ! ヒヒヒッ! カカカッ! シニたい? ダメだ、お前はコロさない」

 宗田の頭を手放して、手の平で顔を押さえながら笑い続ける。


 ふわりと軽い浮遊感から、重力に引き寄せられて頭を地面が地面にぶつかると、霞んだ視界が一瞬だけ戻る。

 その瞳には、ベリルの魔法陣の向こう側にくしゃくしゃに顔を歪めた子供の姿が映った。

 鼻水と涙でぐしゃぐしゃになりながら、何度も叩き続けている。

 なんて言ってるかは聞こえないが、口の動きから頑張れと言っていることが読み取れた。

 母親に肩を抱き寄せられて引き離しても、何度も戻っては宗田に訴えかける。


 自分を憧れるような眩しい視線を向けてきた彼の言葉が、再び頭の中で映し出された。


 正義のヒーローか……。

 それに比べたらほど遠い。


 奇跡なんて起きないし、助けてくれる神もいない。

 だけど、あの子供は戦えなくても声を大にして、感情をぶつけてくれる。


 その光景が目に焼き付いて、少しだけ体温が戻った気がした。

 すうっと大きく息を吸い、指先の感触を確かめる。


 ……そうだよな。

 せめて、死ぬのは自分だけだ。

 この窮地をどうにかできるのは、彼女だけ。


 なら、この命が尽きても唯だけは守る。

 喉を震わせて、息を強く吐き出した。

 

 「……あ……ぁ」

 

 それはまともな言葉ではなかったが、諦めていた人間の声ではない。

 力を込めて何度も叫ぼうとするが、喉に詰まった血液が声帯を震わせることを拒絶してきた。

 

 だから、叫ぶのは諦めた。

 変わりに千切れようとも、動かせる部分は全て動かしてやる。

 

 ぐっと両手に力を込めて、上半身を起こそうとするが数センチ地面から浮き上がるのがやっとだった。


 くそ……がっ!

 歯を強く食いしばり、何度も力を入れるがだめたった。


 かっこいいと憧れてくれたあの子のために、こんな這いつくばってる暇はないんだ。

 ヒーローならヒーローらしく、立ち上がらないと。

 体……言うこと聞けよっ!


 「あ……ぁあ……ああっつつ!」

 無理やり繋げた体の糸。

 それを強く引っ張ると、なんとか体を持ち上げると折れた背骨同士が擦り合って、痛みを伝える神経を押しつぶす。


 下半身から頭の天辺まで、槍で串刺しにされたような感覚に目の前で火花が散る。

 だらしなく口から垂れる唾液を拭う力すらないが、それでもどうにか立ち上がることができた。


 宗田が立ち上がったことに気づいたアドゥルバは、細めた目をわずかに開いて、口元を歪ませた。

 ゆっくりと立ち上がり、向かい合うよう宗田の前に立つ。

 

 「ニンゲン……カカカカッ! いいぞ! 楽しませろ!」

 宗田が瞳を閉じて、魔法をイメージするとなにもないところから火の玉が出現する。

 それが宗田の目の前で、ぐるぐると回り重なりあって細く引き伸ばされていく。


 そして、螺旋を描くように回転を始めると、宗田がゆっくりと前に手を突き出した。


 「――いいぞっ! 来いっ!」

 アドゥルバが楽しそうに声を張り上げる。

 宗田が突き出した手を強く握りこんだ。


 ――灼熱の槍


 そう唱えると、アドゥルバに一直線に向かっていく。


 ――分裂しろ。


 直撃する瞬間、二つに分裂した。

 それが、軌道を変えてアドゥルバを通り過ぎていく。


 「――はっ?」

 期待して通りの結果にならず、アドゥルバから苛立ったような声が漏れる。


 「……ばか……が」

 瞬間の視線はずっと背後の唯を捉えていた。

 最後の力を振り絞り、彼女を助けることを選んだのだ。


 唯……あとは頼んだ。

 

 そう心の中で呟くと、宗田から完全に力が抜ける。

 ぐらりと体が揺れて崩れ落ちるように、地面に倒れ伏す。

 ボコボコした地面に顔が叩きつけられるが、なんの感触もしなかった。

 それどころか、体中の至るところが熱かったがそれすら感じない。

 息をしているのか、止まっているのかすら分からなかった。


 ただ、視界の端にアドゥルバの足の影が見えてこれで自分も終わりだと悟る。

 そして、闇に落ちて行く瞬間

 「――宗田さん!」

 唯の声が聞こえた気がした。

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