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覚悟

 「おじさん……ごめんね。ハンマー壊れちゃった」

 唯の本気の一撃に、持ち手が木でできたハンマーが衝撃に耐えれず砕け散る。

 「また、おじさんに助けられた、ね」

 唯は寂しそうに目を細め、手に残ったハンマーの残骸を見つめた。

 

 「ボサッとしないで――離れて!」

 真奈の叫び声が聞こえると、ふっと顔を前に向ける。

 氷漬けになっているグール達が、もぞもぞと動き出し唯をギョロリと睨んでいた。

 自分の気持ちを込めるように、手の中の木の破片を握り込み、そっと開くとパラパラと空気に溶けていくように消えていった。


 「もう! 何してるの! 早くそこから逃げて!」

 いつまで動こうとしない唯に向かって真奈が叫び続ける。

 視線を真奈に一瞬向けると、頷いて走り出す。


 その瞬間、背後からバリバリと氷が砕ける音が聞こえて、空気が揺れた。

 唯は一切後ろを見ず、宗田からもらった大斧に一直線に向かう。

 そして、滑り込むように落ちていた斧を手に掴むと、勢いのまま回転した。


 手に重いものがぶつかった感触があったが、反動を付けた一撃は止まらなかった。

 黒いグールの胴体に斧の刃が食い込む。

 逃げようともがくが、唯が激しく振り回すため中々逃げれない。


 他のグール達も唯に向かってっ突っ込んでくるが、もうもう一度体を捻って回転しながら避けた。

 そして、再び遠心力で威力を増した回転斬りが、グール達を襲う。


 二体は避けたが、一体は斧の一撃が直撃する。

 歯が食い込んで逃げられなくなったグールごと叩きつけて、そのまま両断した。


 「後……二体」

 頭を破壊してないことで、まだ上半身だけでこっちに向かってこようとするが、たいして脅威がないと無視することにした。

 グールはこっちの様子を伺うように、体を低くして後ろに後退する。


 「――次は」

 唯が抑揚のない声で呟くと、一気に距離を詰めて振り下ろした。

 黒いグールの皮膚は、通常と比べて硬い。

 唯は頭から真っ二つにしようとしたが、地面に叩きつけることになって、少し驚い様子を見せている。

 ただ、命を奪うには十分で、潰された頭からはどろりと中身が溢れていた。

 唯が最後の一体に目を向けると、大きく後ろに退いて逃げようと背中を向ける、

 

 「待て――」

 そう口から言葉が出ると、真奈の呆れたような声がした。

 「――あなたたちは、いつも一人で戦おうとするわね」

 逃げ出そうとしているグールに向かって、刀を振るう。

 「足止めくらいしか……できないけどさ。トドメ、お願いね」

 足を凍らされて動きが一瞬止まる。

 唯はその隙を見逃さず、同じように頭からは斧を叩きつけた。


 「はぁ……とにかく倒せた。宗田さんのところに行かないと」

 今の戦いで、だいぶ離れてしまった。

 遠くからこっちの戦いを観察していた親玉は口元がニマニマと笑っている。


 自分の眷属を倒されたのに余裕……ですね。

 唯が心の中でそう呟いて、足を前に出そうとした時、急に体から力が抜ける。

 斧を持っていることもできず、手から滑り落ちるように地面に落ちた。


 「ちょっ! 大丈夫なの!?」

 真奈が駆け寄ってくる。

 「早く……行かないと……宗田さん、が」

 今すぐにでも駆けつけたいが、体が一切言うことを聞かない。

 少しでも気が緩めば、意識が一瞬で消えてしまいそうだった。


 「あなたは、少し休んでて……私が、宗君を助けてくるわ」

 真奈が向かったところで、あの親玉には絶対に勝てない。

 むしろ、二人で向かっても勝てるかどうか分からない相手だった。

 真奈の刀を持つ手が震えているのが、唯に見えた。


 「あなた……無理……」

 なんとか口を動かして真奈に伝えるが、彼女の瞳は覚悟が決まった時のような強い意志を感じた。


 「うん、分かってる。でも……行かないと」

 唯に真奈が背中を向ける。

 ゆっくりと前に歩き出そうとした時、グールの親玉の口が大きく吊り上がったのが見えた。


 「――危ないっ!」

 真奈の背中を強く押す。

 「――なっ!」

 唯に押された勢いで、真奈が地面を転がった。

 起き上がって唯に目を向けると、その瞳が大きく見開かれる。


 「……がふっ」

 唯の体から黒いグールの手が突き出ていた。

 学校を囲む塀の向こう側から、奇襲をしかけてけたのだ。

 その攻撃から真奈を庇い、結果として唯がその一撃を食らうことになった。


 「なん……で?」

 「あはは……なんで……だろ。分かんない、や――がふっ」

 黒いグールが腹に刺さった手を持ち上げると、唯の口から大量の血液が溢れてくる。

 それが、怪物の腕を伝うとベロリと紫の舌が舐め取る。

 ケタケタと口だけが嬉しそうに笑い、一度舌なめずりをすると、わざと体を上下に揺すっていたぶり始める。


 「あ、辞め、て……辞めなさいっ!」

 その光景に真奈が刀を抜刀して、斬りかかるがグールはわざと唯を盾にするように前に突き出す。

 既のところで真奈は自分の攻撃を止めて、後ろに下がるしかなかった。


 「私……いい……宗田さんの……ところに」

 唯がどうにか声を振り絞り真奈に声をかけるが、彼女は首を横に振ってそれを拒絶する。

 「あなたも……頑固。はぁ……またお腹、怪我しちゃったよ……宗田さん……」

 唯の声が少しずつ小さくなっていく。

 自分の体温が失われて、次第に目が白くかすんでいく。

 お腹は熱いのに、すごく眠い、な。

 もっと、宗田さんと一緒にいたかった。


 やだよ、死にたくない――

 

 「――助けて」

 震える唇から力が抜けて、1ミリも動かすことができない。

 腹の熱もいつの間にか冷めていき、少しずつ目を闇が覆い尽くす。

 最後にちゃんとお話したかったな。

 意識が徐々に闇に溶けていく。


 ――あれ……なん……眩しい。

 あ、温かい……。

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