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絶対強者

 「お前は、そこで見てろ」

 這いつくばってみんなのところに向かおうとするが、アドゥルバが宗田の背中を強く踏みつける。


 「貴様は――最後だ」

 グリグリと踏みにじるようにアドゥルバが足に力を込めると、宗田の背中から嫌な音がする。

 その瞬間、耐え難い痛みが全身を襲い、目が裏返って意識を失いかけた。


 「ニンゲンは脆いな」

 頭を鷲掴みにされて体を持ち上げられる。

 全身の体重が首にかかると、引き伸ばされた首が気管を圧迫感して呼吸ができなくなる。

 ブクブクと口から泡を吹き出し、あと少しで完全に闇に落ちるところで、浮遊感を感じた。


 なんで……こんな目に……。

 アドゥルバの口から放たれた息にむせ返りそうになりながら、ギリギリで意識を保つ宗田の心に陰がさす。

 奴の額が自分の額に重ねられ、舌で頬を撫でられた。


 「なんで、俺が、って顔してるじゃねぇか。シシシ! お前みたいな、中途半端な奴が嫌いなんだよ」

 中途……半端?

 「カカッ! 正義に悪にも染まらず、その境界を漂う漂流者。そう言う奴が、何かに気づいた時、絶望に歪める顔が一番うめぇんだ、ニンゲン」

 こんな怪物ですら、心の中を見透かされてるようで思わず目を下に落とす。


 「自分でも気づいてるんだろ? あの赤い目のニンゲン、あいつの方がよっぽど正常で――ニンゲンらしいわ」 

 その言葉に宗田は何も言い返せない。

 「早く気づけよ。そして、後悔してシネ」

 安い挑発だと分かっていても、それを全て聞き直すことができない。

 右往左往して、唯の背中に隠れてるだけ。

 それも自覚してる。


 彼女を見てると、自分は正常なんだと、鏡で自分を見ているように思えた。

 狂えば狂うほど普通の人間だ。

 そう心に言い聞かせたが、この化け物には唯の方がニンゲンらしいと、否定される。


 かと言って、今なにができるのか。

 ただ、こいつに好き勝手に遊ばれる人形にされて、宗田は唇が震えるだけで言葉が出なかった。

 つまらなさそうにアドゥルバが舌打ちをすると、捨てられるように手を離して地面に落ちる。

  

 「ヒヒヒッ! どうした? 早くしないとみんなシヌぞ?」

 その言葉に何も反応を示さないと、アドゥルバが横にどかりと座る。

 宗田は何もできず、遠くで戦う二人の影を見ていることしかできなかった。


 ――――

 

 「この黒いグール……強い」

 真奈が苦悶の表情を浮かべながら、そうぼやくが黒いグール達はお構いなしに攻め続ける。

 「くぅ!」

 どうにか刀でいなすしているが、手に走る衝撃にか細い悲鳴が漏れた。


 「――真奈さん! 加勢します!」

 見るに見かねたアリスがそう叫ぶと、「来ちゃだめ」と真奈が制止してきた。

 「……来ちゃだめ。アリスはみんなを守って欲しい。こいつら……あなた達の手に負えないから」

 黒いグールの攻撃を捌き切った真奈の肩は激しく上下を繰り返していた。

 

 あのグールの大群すら一瞬で殲滅する力を持った彼女ですら、目の前の五体のグール相手に苦戦している。

 単純な戦闘力だけじゃなく、連携して襲いかかるそいつらに真奈は魔術すら使えない。


 「でも……ようやく離れてくれたわ」

 真奈がそいつらを睨みつけると刀を横に向けて、射抜くようにグールを見る。


 「氷の精霊よ、我の願いを聞き入れたまへ。すべて凍れ、凍てつく大地が支配しろ。『フロストウォール』」」

 その呪文はグールの大群を次々に氷漬けにした魔術。

 体勢を整えるためにグールが離れた隙に、一息で詠唱を完了させる。

 周囲の空気が急速に低下して、あれだけ熱気の籠もっていた戦場が極寒に変わった。

 

 はぁっと精神を統一させるように息を吐き出すと、白い煙が立ち上がるように息が凍りつく。

 そして、一拍呼吸を止めて、真奈が地面を踏みしめる。


 横に持った刀を振り上げてから、そのまま斜めに振り下ろす。

 グール達と距離はあったが、それを無視するかのように真奈の視線の先は絶対零度と化した。


 バキバキと音を立てて、草も大地も木も全て凍りつく。

 黒いグール達も例外なく、その氷に覆われていった。


 「ふぅ……なんとかな――」

 真奈は黒いグール達が自分の魔術に完全に飲まれたことを確認して、すっと刀を下げた。

 そのまま後ろを振り返ろうとすると、ビシリとなにかにヒビが入るような音がする。

 振り向きかけた頭を、その音が呼び戻す。

 「嘘……でしょ」

 真奈の視線の先には、氷を砕き這い出る黒いグール達の姿が映った。

 そいつらから目が離せず、思わず言葉が漏れる。

 再び刀を構え直すと、グール達が出てくる前に仕留めようと一気に詰め寄った。


 「――せぁっ!」

 左足を軸に体を大きく右に捻って、その反動を利用して体重を乗せた一刀が放たれる。

 「ぐっ……」

 首筋を狙った一刀だったが、手に返ってきたのは肉を断つ感触ではなく、金属に叩きつけるような強い痺れだった。

 思わず自分の持っていた刀を手放してしまう。

 苦悶に顔を歪め、痛めた手を逆の手で押さえる。


 「――真奈、引けっ!」

 紫苑が真奈に向かって叫んだが、逃げるには一歩遅かった。

 一際大きな音がすると、グール達の体が氷から完全に解放されてしまう。

 急いで自分の刀を拾おうとするが、グール達はそうさせまいと畳み掛けるように、ナイフのように鋭い指先を真奈に放つ。


 「――辞めろっ!」

 紫苑がそう叫ぶが、その一撃は吸い込まれるように真奈に迫る。


 「あ? え? お姉さん、気を失ってた……って、ダメだよ! あの技使ったんでしょ! これ以上は……って、もう……」

 ベリルが慌てたように騒ぎ出したと思えば、ドンッと強い衝撃が地面を揺らした。


 「――なにボサッとしてるんですか?」

 覚悟を決めたように目を伏せていた真奈だったが、いつまでも死が訪れない状況に、恐る恐る目を開ける。

 すると、その巨大な手を自分の体で受け止める唯と目があった。


 腹に爪が食い込んで、今にも内臓を抉り出そうとする手。

 それを唯は無理やり押さえ込んでいる。


 「早く……刀、拾って……」

 痛みに耐えるように唯が口を開くと口からコポコポと血が溢れる。

 「なん……で?」

 真奈の声に唯は「なんでだろうね」と呟いて、グールの手を引き抜いて、そのまま振り回すように投げ捨てた。


 「痛すぎ……"治れ"」

 唯が自分の傷口に手を当てて、治癒の魔法を発動すると、飛び出しかけていた内臓が瞬時に元に戻り、傷が完全に消えてしまう。

 その光景を目の前で見せつけられた真奈は、助けられたにも関わらず

 「……化け物」

 そう言葉が出てしまい、慌てて自分の手で口を塞いだ。


 唯が少し寂しそうな目を向けるが、それ以上はなにも言ってこず、少しだけばつが悪そうに真奈は顔を逸らしてしまった。

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