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にいちゃん頑張れ

 「――させるかっ!」

 唯を噛み殺そうと歯を剥き出しにした、"黒い"グールに向かって全力で拳を突き出す。

 「んん?」

 バンっと弾けるような音がすると、グールの顔が上に弾けた。


 「――真奈!」

 宗田のかけ声に合わせて、真奈が唯を抱きかかえるようにその場から避難した。


 「イヒヒッ! ニンゲン! 今の一撃――よかったぞ」

 額から垂れた緑の血をペロリと舐め取ると、口が大きく裂けてニタニタと笑い出した。

 「グール……なのか?」

 宗田がそいつの全身を見やる。

 普通のグールより一回り大きく、体皮は黒一色だった。

 空を緑色の血管が浮き出るように全身を覆い、何度も脈を打っている。

 通常のグールと違い、赤い眼球の部分は白く塗りつぶされていて、今しがた負った額の傷もあっと言う間に再生していた。


 「グール? あぁ、我らのことか……。ヒヒヒヒヒッ!」

 すると突然高笑いするように、黒いグールが笑い出す。

 「まさか、我の眷属と同列に考えてないだろな……ニンゲン」

 嘲笑するように語りかけてくるグールに、宗田は怯むことなく睨みつける。

 その姿をニタニタと笑いながら見つめ返してくる。


 「我……アドゥルバ……」

 「……は?」


 「我は屍者の王『アドゥルバ』。その名を刻んで朽ち果てろ――ニンゲン」

 アドゥルバと名乗った黒いグールが、一足で宗田の目の前に迫る。

 高く振り上げた拳を叩きつけるように打ち下ろす。


 「……ぐっ!」

 宗田はギリギリのところで後ろに飛び退いたが、その衝撃で体勢が崩れた。

 よろめいたところに、アドゥルバが噛みつこうと顔を突き出してくる。

 その軌道を逸らそうと、宗田はアドゥルバの右頬に拳をぶつけた。


 その反動を利用して大きく距離を取ると、宗田は魔法を一気に形成する。


 ――イメージは戦車

 ――穿つ一撃は鋼鉄をも粉砕する

 ――敵を貫く咆哮

 ――紅蓮の砲撃


 それは今持ちうる最大火力。

 高速で魔法を紡ぎ、容赦なくアドゥルバに向けて撃ち放つ。


 爆撃のような重い重低音が波紋のように広がるど、その衝撃で体育館のガラスが震えて悲鳴を上げる。

 木の枝がざわつき、ひとしきり騒ぎ立てると、静寂が帰ってくる。


 宗田は手応えがあったのか、緊張で固まった体の筋が緩み構えを解く。

 煙が立ちこもりまだ姿は確認できないが、家すらも破壊する威力がある。

 戦車の砲撃のような重たい一撃に、耐えれる生物はいないだろうと思っていた。


 「……今のは――中々よかったぞ。ヒヒヒッ」

 まるで武人のような口ぶりだが、戦い方は奇襲に不意打ちと姑息。

 だけど、その実力は宗田の考えを遥かに凌駕していた。


 「だいぶ、腹が抉れちまった」

 痒そうに自分の傷口に指を這わせる。

 緑の液体が指を伝うと、それをペロリと舐め取った。


 「でも、こんなものか。ニンゲン……終わりだ」

 自分の手を傷口に突っ込んで、大量の血液が吹き出した。


 「――お兄さん逃げてた。えっと……あぁ、もう。"僕"を含めてみんなを守って」


 宗田がベリルの声に反応すると、急いでその場から駆け出した。

 ベリルは体育館を覆うように、黄金色の大きな魔法を出現させて覆い隠す。

 以前、唯の一撃を防いだ魔法と一緒だった。

 それを広範囲に展開したと言うことは……。


 「血液操作――爆せろ」

 アドゥルバが言葉を放つと一瞬だけ音が消える。

 そして、次の瞬間、眩い閃光が宗田の瞳を焼き鼓膜を破壊する。

 衝撃波で体は宙を舞い、その余波で校舎のガラスが砕け散った。


 宗田は地面に背中から叩きつけられると、自分になにが起きたのか分からず、ただ空を眺めるしかできない。

 現実が体を突き抜けると、肺を潰されたように口から血をまき散らす。


 「……が、ごほっ……げぇほ……ぁあ……」

 這いつくばりながら血を吐いて、水溜まりのように溜まった自分の血液に頭が落ちる。

 鉄と生臭さで、さらに吐き気を催したが、どうにかそれを堪えると、両手で倒れた体を持ち上げた。


 「ほぉ……まだ、生きてたか」

 のたうち回る宗田を見て、アドゥルバが感嘆の声を上げていた。


 圧倒的な力の差を見せつけられて、宗田の中でなにかが折れかけているような気がする。

 ようやくまともに戦える手段を手に入れ歓喜したが、自分の最大火力をぶつけても平然としている。

 それどころかそいつが無造作に放った一撃が、瀕死にまで追い込んだ。


 その事実は生を諦めるには十分だったようで、自分の体を支えていた両腕から力が抜けてその場にひれ伏すように崩れる。


 頭上で重たい足音が聞こえるが、そっちを向く気力がない。

 なにか一つ行動を起こそうとしても、自分の体が言うことを聞いてくれなかった。


 「――にいちゃん! 頑張れっ!」

 完全意識を闇に手放そうとした時、耳の骨から滑り込むように声が聞こえた気がした。

 鼓膜の断片がどうにか震えて、宗田の脳に声を届ける。


 顔を地面に引きずるようにして、その方向へ顔を向けると小さい男の子が、顔をぐしゃぐしゃにして叫んでいる姿が見えた。


 ベリルの魔法で無事だったのか……よかった。

 そう心で呟くと、彼が「かっこいい」と褒めてくれたことを思い出す。

 こんなに無様な姿を晒しても、応援し続ける彼の姿に宗田の心が揺れた。


 「うるさい、ニンゲンども」

 アドゥルバがなにやら呟いて、指を鳴らす動作をすると、学校の外から黒いグール達が姿を見せる。


 「――コロセ」

 口をモゴモゴと動かすと、黒いグールが一斉に仲間達に襲いかかる姿が見えた。

 「……めろ」

 自分の声すら聞き取れないせいで言葉を上手く発することができない。

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