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中年の男の……

 「嬢ちゃん……今、なに、を?」

 中年の男が震える声で唯に尋ねると、唯は弾んだ声で話し返す。


 「数だけ多いから――斬り刻んじゃいました」

 声音だけを聞けば可愛らしかったが、その内容は残酷なものである。

 中年の男はその後の言葉を紡ぐことができず、唾を飲み込んで唇が固く閉じてしまう。


 「んー! はぁ〜……。やっぱりこの技は体の負担が大きいな……」

 唯が大きく背伸びして息を吐き出すと、ずっしりと重たくなった胸を顎を引いて確認する。

 「ベリルちゃんに……怒られるかな?」

 次にこの技を使ったら、自分の体はどうなるんだろうか?

 あの首の長いゾンビとの戦闘の時よりは体は回復していたが、まだ完全ではないらしい。

 以前のように悶え苦しむことはないが、唯の体の節々が悲鳴をあげて、正直この斧を杖代わりにしないと立っているのもやっとだった。


 「宗田さんに、褒めてもらえるまで……」

 彼女の心の中心は宗田で埋め尽くされていると言っても過言ではない。

 正直なことを言えば、体育館の人間が、目の前の腰の引けた人間達が死のうとどうでも良かった。


 ただ、ほっとけば宗田さんが悲しむ。

 助ければ宗田さんが褒めてくれる。

 それだけが原動力となり、今回はわざと先に始末しようと思っただけだった。


 ひそひそと唯を見て、なにかを話す男達に視線を送ると、驚いたように硬直して、そろりと離れた。

 つまらない物を見るように唯がそっと横に視線を逸らして、背を向ける。


 「まだかな〜」

 唯がなんとなしに呟くと、右側にふと影が映る。

 「嬢ちゃんは休まないのか?」

 「私ですか? 全然疲れてないので、平気ですよ」

 前の仕事で事務を担当していたおかげで、自然と顔が笑ってしまう。

 ただ、それのおかげか隣に並んだおじさんの顔から、少しだけ緊張の糸がほぐれたみたいだった。


 「そうか……こうして見ると、普通の……いや、なんでもない。助けてくれてありがとう。これを先に言うべきだったな。すまん」

 剛とは違う、強面の顔だったがどこか威厳のある男性が深々と頭を下げた。

 唯は目をまん丸に見開いて、驚いた様子でその男性の頭を見る。


 「あ……あの、その……。私、たいしたことはしてないので、そんなに頭を下げないでください」

 「たいしたこと、か。嬢ちゃんにとってはそうかもしれないけど、ここにいる人達は君がいなかったら死んでた。だから、もっと胸を張ったらいい」

 謙虚に否定した唯を諭すように、真っ直ぐに見つめてそう言ってきた。

 唯は彼の予想外の行動に、少しだけ動揺してしまう。


 彼女の中では、こんな姿を見れば恐れられる。

 だから近づいても来ないし、話しかけるなんてないだろうと思っていた。

 確かに、この男が横に来た時には怯えているように見えたが、今はそれは消えている。

 それどころか、怯まず自分を見つめ返してきた。


 自分の中のこの感情はなんだろうか。

 その男性の瞳から目が離せず、喉が鳴った。

 胸の前で拳を握り、少しだけ力を込めて溢れそうになった何かを押し留めた。


 少しだけ目尻が熱くなって、慌てて顔を逸らすと複数の足音が聞こえてきた。


 「あっ、宗田さ――」

 思い人の存在に気づいた時、唯は駆け出そうとしていた。

 そのわずかな隙を狙ったかのように、そいつが姿を現した。


 「――嬢ちゃんっ!」

 男の声が聞こえたと思ったら、背中を突然どんと押されて唯が地面に転がると、ぐちゃっと聞きたくなかった音が鼓膜を震わせた。

 急いで体勢を立て直して振り返ると、さっきまで自分の感情を揺さぶっていた男性の体がひしゃげて潰されている。


 黒い足がグリグリと入念に男性の体を踏みつぶし、千切れた腕を拾いあげるとそれを口に放り投げる。

 ぐちゃぐちゃとガムを噛むようにわざと音を立てて飲み込む。

 唯はまだ現実が飲み込めなかった。

 

 するとそいつがはぁっも息を吐き出し、下品な笑い声を上げた。


 「ヒヒヒッ! 外しちまったぜ。こいつのせいでよ」

 唯を狙った奇襲が失敗して、その張本人となった体を辱めるように千切り捨てる。

 赤い血液と臓物の臭いが、唯の鼻腔に届くと同時に全身の毛が総毛立った。


 「あ……あぁあああっ!」

 自分でも驚いていた。

 宗田以外にこんなに感情的になるとは思わなかったのだ。

 なぜか、分からない。

 ただ頭に急速に血が上り自分の行動が止められなかった。


 自分の技の後遺症で全身が金属に変わったかのように重たかったが、それよりも目の前の敵を斬り刻みたい衝動が無理やり体を突き動かした。


 「ああ? こんなもんかよ。一番ヤバそうな奴かと思ったけど、勘違いみたいだわ。ヒヒッ!」

 渾身の一撃。

 下から上に全力で振るった唯の攻撃は簡単に手で受け止められてしまう。

 「ヒヒッ。じゃぁ――シネ」

 今の一撃で、最後の力を使い切った。

 その場から一歩も動けない。


 得体のしれない怪物が大口を開いたと思ったら、視界の全てがそれに覆われた。

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