あはははっ
「紫苑、終わったわ」
「ああ、すまない」
真奈と紫苑は短い会話を済ませる。
そして、宗田の前に足を運ぶと優しく微笑みかけてきた。
「無事で……よかった」
宗田は小さく頷いて返事をする。
すると
「ねぇねぇ! そろそろ僕消えそうなんだけどさ」
服の裾をくいくいと引っ張られる感覚に、目を向ければ幽霊のように実体が薄くなったベリルの姿があった。
「早く魔石もらえない?」
両手を器のように合わせると、魔石を催促するベリルに宗田は慌てて袋から適当に宝石のように輝いている石を取り出した。
それを手の平に渡すと、ベリルがぎゅっと手の平を閉じる。
「あ〜、染みるぜ〜」
おっさんがビールを一気に頬張るようなセリフを言うと、薄くなった体が色を取り戻した。
「えっと……ベリルちゃん、それなんっすか?」
アリスが驚いたように目を見開いている。
「ああ、これは……体質? だよ」
「あ? そ、そうなの……?」
なにかを聞き返そうとアリスはするが、ベリルから触れるなと言わんばかりの雰囲気が醸し出されて、誰しも口を閉じるばかりだった。
「ベリルなんてどうでもいいから、早く唯を探さないと」
「ちょっと、僕がどうでもいいって――」
「――もしかしたら、体育館の方にいるかもしれません。みんなそこに避難するように、誘導されて……」
ベリルの抗議を遮るように、子供を守る母親が言葉を紡いだ。
不貞腐れるように唇を尖らせるベリルを放置して、宗田が行動に移そうとする。
「宗君、待って」
真奈が走り去ろうとする宗田を呼び止めた。
「なんだ?」
「今度は一人で行っちゃだめ。慌てる気持ちは分かるけど、私達も一緒に行くから」
苛立つ宗田を諌めるように、落ち着いたトーンで真奈が言う。
その言葉を聞いて、宗田の肩がストンっと下がっていきり立っていた気持ちが冷めていく。
「……ああ、そうだな」
今度は足並みを揃えて、体育館に全員が駆け出した。
「アリスと剛は二人を守って」
そう指示を出すと、親子を挟むように並走して走り出す。
「紫苑も、アリスと剛の傍から離れないで」
真奈が一人一人に指示を出して、隊列を組むように各々が動き出す。
「ベリルはどっかに隠れてる?」
「ん? あっ、僕かい? これくらいなら平気だよ。魔石で少しは回復したしさ。だから、ルールに抵触しないように命令してくれない?」
「えっと、なんて?」
「自分を守れとかでいいよ。お兄さんを回復させたのも、本当はグレーなんだから次からは気をつけてね」
ベリルがそう言って言葉通りに命令する。
「うん。了解したよ。マイマスター」
わざとらしくへりくだるベリルに苦笑を浮かべて、宗田は真奈の元に駆け寄った。
「あの子もついてくるの?」
「あぁ、ちゃんと自分で自分を守るようにって伝えといたからほっといても平気」
「……ベリルちゃんって言ったけど、何者なの?」
怪訝そうに眉をひそめて真奈が問いかけてくるが、宗田もベリルの正体は分からない。
肩を竦めて、首を横に振る。
真奈が宗田の後ろに目を向けて、じっと見つめていたが顔を前に戻した。
「……行きましょうか」
そう言うと、真奈が走り出す。
それを追いかけるように宗田も足を進め、自分達がいる反対にある体育館へと急いだ。
――――
「――あはははっ!」
赤い瞳の女が人の背丈ほどある大きな斧を振るうと、複数のグールの体が両断される。
「おい! 嬢ちゃん! 一人で前に出すぎだ!」
体育館の入口を守る中年の男が、自分達を守るようにグールを蹴散らす女に向かって叫ぶ。
一人で何十体ものグールの群れを捌き、たまに後ろに漏れた奴らを他の仲間と合わせて倒していた。
「宗田さんに――褒めてもらうんだ」
彼女がそう呟くと、途切れることなく襲ってくる大群の中に自ら突っ込む。
弾むような足取りで、怪物の群れに対する恐怖をひとつも見せない。
肉と骨を断ち、腸がびしゃりと顔にかかっても笑顔を絶やすことなくグールの群れを駆逐する。
「……化け物」
唯に向かって叫んだ男の横で、年の若い青年がぼそっと呟いた。
それが、耳に届くと中年の男が青年に向かってきつく睨みつける。
「確かに……そうかもしれねぇが、そのおかげで、ここもなんとか持ち堪えてるんだぞ。それに、犠牲も最小限抑えられてる。……化け物かもしれねぇけど、俺達を必死に守ってくれてるんだ」
中年の男は唯の戦いから目を逸らさない。
不適に笑おうが、血が吹き出した姿を見て高笑いしようが、そんなの関係ない。
「早く……真奈達、きてくれよ」
いつ、この拮抗が崩れてもおかしくない。
手に持った、杭を地面に打ちつける大きなハンマーを強く握って、男はいつでも戦えるように準備する。
「う〜ん、きりないな~。それに、そろそろ同じことの繰り返しで飽きてきたよ」
すっと、斧を下げる。
「嬢ちゃん! 大丈夫か!?」
中年の男がそう叫ぶと、唯が肩越しに振り返ってにっこり笑う。
その唇がわずかに動く。
「――加速」
その言葉は聞き取れなかった。
「お、おい。なんだ……よ」
なにが起きたのか理解できない様子だった。
「今……見えた奴いるか?」
中年の男が他の仲間に声をかけるが、全員が首を横に振る。
「ふぅ……みなさん終わりましたよ」
手を大きく振って、唯がゆっくりと体育館の方へと向かってくる。
死者の群れの肉片を潰すように歩くと、ぷちぷちと嫌な音が静まり返った空気を揺らした。
それを見て、何人かはその場に吐き散らし、中年の男も震えを堪えられず、持っているハンマーの先端が大きく揺れていた。
「えへへ。これで宗田さんに――褒めてもらえるかな」
グールに支配された絶望が、いつの間にか彼女の狂気に上書きされたかのように静まり返っていた。




