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ズレ始めた歯車

 少しずつだが、確実に自分の中の歯車が狂い始めてるように感じだ。

 みんなと合流して、紫苑の拠点に走って向かっている最中だったが、宗田はさっきの出来事が頭から離れず、胸にしこりが残っているように感じてしまう。


 「……宗君なにかあった? 来るの少し遅かったけど……」

 隣を走っている真奈が声をかけてきた。

 「いや……なにもないよ」

 顔に出さないように作り笑いを浮かべると、真奈の目尻が少し下がり、顔を逸らすように前を向いてしまう。

 ……少し冷たかったかな。

 真奈の寂し気な雰囲気を感じ取ると、胃が締め付けられる。

 

 でも、それをフォローする気力もないほど、頭蓋骨の内側に貼り付いたかのように唯との会話が何回も繰り返し再生されていた。

 ずっしり重たくなった体を強引に操って、足を進めると、大きな建物が家の隙間から見えてきた。


 「もうすぐだ……」

 紫苑が呟く――

 「――逃げろ! 戦えない奴らは体育館に行けっ! 早く!」

 

 ふくらはぎに力が入って体が前のめりになると、少し加速した感じがしたが、それでも距離がまだあることに宗田が舌打ちをする。

 

 「急げっ!」

 紫苑が叫ぶ。

 すると、宗田の視界の端に影が見えた。


 「――私、先に行きますね」

 後ろを走っていた唯が近づいてきて、そっと宗田の耳元で呟いて、彼女に目を向けようとした時には背中しか見えなかった。

 

 「――唯!」

 走り去る唯に宗田は声を上げたが、唯は振り返ることなくあっと言う間に背中が小さくなってしまう。

 「一人で行っちゃ……」

 走り去ってしまった唯の背中に陰が差したように見えて、胸がざわついた。

 唯を一人にしちゃいけない……。

 喉に無数の虫が貼り付いて掻きむしりたくなるような錯覚が、宗田の表情を曇らせた。


 ――――

 

 「……やっと」

 全員の足がバリケードのように転がった車の前で止まると、中から怒声や叫び声が響いていた。

 闇夜にそびえ立つ建物に目を向けると、子供達が学ぶための校舎は異様な雰囲気を醸し出している。


 「……唯」

 宗田の呟きは目の前の闇に溶けて消え、誰にも届くことはない。

 右手に持った剣の柄を強く握り、合図を待たずに駆け出した。


 役割を担えなくなった鉄の塊。

 その天井に飛び乗って、強く足を踏み込むとべコリと足元から音がする。


 「――アニキッ!」

 剛が叫んだが肩越しに目を向けるだけで、そのまま飛び去ってしまう。

   

 「――いや……こないで……この子だけは……」

 「それ、ちょうだい」

 身を寄せ合い震える親子に、グールが白くて太い指先を向けてにじり寄るように近づく。

 かかとが地面から浮くと、糸を引くように赤黒い液体がねちゃり糸を引いた。


 「怖い……」

 にやにやと不気味に笑うグールの口元には、誰かの服の切れ端が鋭い牙に突き刺さっている。

 

 元は青い生地だったと思われるが、その大半は赤黒く染められていた。

 子供がそれを目にすると体が硬直してから、母親の胸に顔をうずめて泣き出した。

 

 子供を守るように必死に体を抱き締めて、母親は自分の体を盾にする。

 グールの手が近づくたびに体の震えが一段強くなり、鼻の先に触れる手前で一筋の赤い光が闇を引き裂いた。


 「……なに?」

 赤い光は何度もグールの頭に直撃すると、肉を削り血潮を撒き散らす。

 

 四方に吹き出した血液が雨のように降り注ぎ、母親と子供を濡らした。

 突然の出来事に思わず言葉が漏れる。


 髪の毛に溜まったグールの体液が、先端に溜まって滴り落ちると、見開いた目に落ちる。

 ぎゅっと染みる感覚に母親は呆然とした意識を取り戻し、ぎりぎりと首を動かして光の元を辿った。


 「――大丈夫ですかー!」

 走ってくる男性の姿が見えた。

 どこにでもいる青年。

 彼が助けてくれたのだろうか? 遠くから大きな声で安否を確認してきた。

 それに向かってよろめきながら立ち上がり、無事だと言う旨を告げる。


 そして、目の前に到着した青年は「良かった」と呟いて、額に滲んだ大粒の汗を拭う。


 「その子も……」

 「はい。無事です……そのなんとお礼を言ったら」

 子供がきらきらとした瞳を向けてくると、宗田は照れくさくなり視線を横にずらした。

 指先で頬をかいて誤魔化すと、母親がフォローを入れるように笑顔を見せた。


 「この子、ヒーローに憧れてるんですよ」

 ヒーローと言われて、少しだけ宗田の胸が熱くなったような気がした。

 自分は量産型日本人。それに、過去の日常に囚われる小さい人間。

 そのためには大切な人を利用する卑怯な奴。


 それも彼女にバレていて、自分がコントロールしているつもりが、むしろ逆だったが、この子供が初めて認めてくれた。

 たったそれだけだったが、妙に照れくさくて耳元まで熱を感じていた。


 「そ、そんなことより早く逃げない――」

 宗田が言葉を言い終えようとすると、視界の左の方で影が揺らぐ。


 「いや!」

 咄嗟に母親が子供の前に出ると、白く尖った指先が振り下ろされていた。


 「――させない!」

 宗田が地面を強く踏むとピシピシと大地が鳴いた。

 瞬間的に溜めた力を一気に解放すると、グールの腹の中心に蹴りを食らわせる。

 ドスっと言う重たい音が波紋のように広がると、そいつの指先は母親を当たることなく空を切る。


 そのまま宗田は前に一歩踏み出して、顎をかち上げるように掌底を放つ。

 全身の捻りを活かした一撃が吸い込まれるように直撃すると、手の平の硬い骨を通してグールの骨が砕けるような感触が伝わってくる。

 

 功を描き巨大が宙を舞って、ドサリと落ちた。


 「すげぇ……かっこいい」

 母親が守る子供の口から呟くように言葉が漏れて、宗田の耳に届いたが後ろを振り返る余裕はなかった。


 二人を守りながら戦うには自分一人の力ではきつい。

 圧倒的に火力が足りないのだ。


 痛みを感じない屍は顎が砕けようが、人を襲うことを辞めることはしない。

 ゆらりと立ち上がったグールの赤い瞳がぎょろりと宗田達を捉えると、背後からか細い悲鳴が漏れる。

 

 なんとしても……守らないと。

 使命感のようなものを感じると、正面のグールに自分の魔法で創り出した刃こぼれした剣を構える。

 

 顎がだらっと落ちて塞がらなくなった口がもぞもぞと動くと、喉の奥からサイレンのような悲鳴が聞こえた。


 ――……キィィッツ!


 それが夜の闇に響く。

 初めて見たその行動に、宗田の背筋がぞわりと逆立った。

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