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命を賭ける理由

 「はぁはぁ、んっ、は〜……ここまで逃げれば大丈夫っすかね」

 ベリルを肩に担いだまま剛が辺りを見回す。

 「早く降ろしてよー」

 「あー、はいはい」

 いつまで降ろしてくれない剛にベリルが抗議すると、そっと地面に降ろされる。


 塀をよじ登り、時折襲ってくるグールを唯が瞬殺してどうにかあのゾンビの集団から逃げることに成功した。

 今は誰かの家の後の庭に身を隠している。

 「紫苑、さっきのどう思う?」

 二人の話に全員の視線が集中した。

 

 「あれは――明らかに、なにかしらの意思があった気がする」

 壁に背中を預けわずかに顎を引いて紫苑が思考を巡らせると、全員に向かって口を開く。

 「明らかに待ち伏せしていた。行く時はゾンビどもの気配すらしなかったのに、帰りにあの数が突然集まるとは考えにくい」

 その言葉を聞いた時、逃げていったグールの姿が頭に浮かんだ。


 「なぁ、ベリル」

 庭に備え付けられているベンチに座るベリルは足をプラプラとしていた。

 宗田が声をかけると、遊ばせていた足を止め宗田を見上げて口を開く。

 「なにかな? お兄さん」 

 「知性のある魔物っているのか? ゾンビとかさ」

 「もちろん! そう言う魔物は山のように存在するよ。それも、戦略的となると……かなりの上位存在だね」

 

 「なぁ。なんでちびっ子はそんなこと知ってるだ?」

 剛が間に入ってくる。

 「ちびっ子〜! 誰がちびっ子じゃ! 後で覚えてろよ……! 僕はね、すごいすごい偉い精霊だからなんでも知ってるんだよ!」

 「へぇ〜」

 「ちょっ……喧嘩売ってるのかな〜。このこの!」


 剛とベリルがふざけ合っているのを尻目に、宗田はさっきの言葉を咀嚼する。

 パズルのピースが一つ一つ噛み合うように埋まっていくと、一つの結論にたどりついた。

 それと同時に紫苑が口を開く。


 「――急いで学校(拠点)に戻るぞ」

 落ち着いた声の中にわずかな焦りを感じることができた。

 「紫苑、どうしたの?」

 その少しの変化に気づいた真奈が、紫苑に声をかける。

 「学校が……やばいかもしれない」


 紫苑と同意見だった。

 さっきのが足止めだったとしたらどうだ。

 恐らく、ここにいるのは主力メンバーに違いない。

 となれば拠点は手薄……。

 さらに言えば戦略的に自分達を足止めする知性があるなら、本拠地を狙うのが筋だろう。

 

 それにあの時、宗田達を見ていたグールが斥候のようなものだとしたら。

 人語を理解してるとしたら。

 宗田の中でこれまでのことが一つの線で繋がり、紫苑の言葉を肯定するように全員に向かって口を開く。


 「俺も……そう思う。急いだ方がいい」

 みんなの視線が宗田に注がれる。

 「拠点が――襲撃されてるかもしれない」

 言葉を全て言い終えると周囲の空気が凍ったように固まった。


 「アニキ……紫苑さんも、マジっすか?」

  紫苑は剛の言葉に無言で頷きを返した。

 「やだ……みんな」

  アリスが漏らした言葉は小さく消えてしまいそう。

 「急ぐぞ……」

 紫苑の重く低い声に全員が一斉に行動に移る。


 「ん? 唯? どうしたの」

 「いえ……その、宗田さんはどうして知らない人のためにこんなに行動できるんですか?」

 唯はキョトンとした顔で宗田を見ていた。

 その瞳に見られていると、胸の奥がざわついて、なんとなく居心地が悪く感じられる。

 

 その突然の質問に返事ができず、喉がひくりと動く。

 言葉を探がそうとして視線が無意識に泳いでしまうが、逸らした目がもう一度唯に向くと、口が開く。 

  

 「急に……どうした? そう言われると難しいけど……困ってる人いたら助けるの普通でしょ? その……あれだよ。てか、そんなの考えたことなかった」

 自分でも出てきた言葉がなにを言ってるか理解できない。

 ただ、言葉を並べてるだけ。

 

 「あれだよ……落とし物あったら拾うでしょ? それと、一緒だよ」

 自分でも例えがズレているのは分かっているが、それしか言葉が見つからない。

 

 「でも、命をかける必要はないと思うんです」

 唯の言っていることはその通りだと思った。

 現に今だって見捨てれば、自分達だけは間違いなく助かる。

 

 「……まぁ、そう……なのかもしれないけど……けど、自分にとっての"日常"が壊れると言うか……」

 言いながら、自分の返答が噛み合ってないことは分かっていた。

 けれど、上手く修正できない。


 「私は宗田さんにとってなんでしょうか?」

 「え……あ、なにって言われると……唯も"日常"かな」

 宗田が答えると、唯が頭の天辺を向けてクツクツと肩が揺れ出した。

 その揺れが次第に大きくなって、溢れた声が宗田の耳に届く。

 

 「唯……?」

 彼女の突然の反応に宗田の手が勝手に伸びる。

 「――あはははっ! 嬉しいっ! すごい嬉しいよ!」

 伸ばした手が肩に触れそうになった瞬間、弾けるように唯が顔を上げた。

 双眼が宗田を真っ直ぐに見つめ、ケタケタと笑う。


 「ははっ! 本当に宗田さんは"どこまで"も私と一緒!」 

 黒い瞳孔がぶわりと広がり、黒目の部分は濁った赤から真紅へと変わる。

 彼女の豹変に思わず足が一歩下がると、唯は詰めるように前に出る。

 顔が胸のところに触れそうになるギリギリのところで立ち止まり、唯は見上げるように宗田を見た。


 「き、急に……どうしたの? それに、近いよ」

 唯をあまり刺激しないようにと、平静を装って話しかけるが白い歯を宗田に見せて何も言わない。

 その圧に負けるように唯の両肩に手を置いて押しのけようとすると、口が動く。


 「心臓の音――すごい激しい」

 唯の呟きに余計に心臓が跳ねた。

 「そんなに怖がらなくていいんですよ? 私は宗田さんの味方ですからね。落ち着いてください」

 

 宗田の胸に耳を当てるように顔の左側をつけて、優しく胸を撫でてくる。

 ひと撫でされるたびに胸の周りの産毛がゾワッとなびく。

 

 引き剥がそうとするが彼女に当てられて、両肩に触れている手が言うことを聞いてくれなかった。

 唯が甘えた声で口を開く。

 

 「宗田さんって、天邪鬼ですよね」

 「あ、天邪鬼って、俺が……?」

 「そうですよ。そろそろ認めましょう」

 ぴったりと宗田にくっついた唯が顔を上げる。

 

 「いつも凄く優しいのに、臆病で、でも必死に生きようとするんですもん」

 少し汗ばんでしっとりしている手が、宗田の頬を撫でる。

 

 「でも、結局は人が死んで欲しくないのは自分のため……私を利用するのもそう。結局は日常に"執着"する悲しくて優しい人――でもそれが愛おしい」

 

 唯の頬が赤らんでいる。

 興奮したように開いた口は閉じることなく、宗田は黙って彼女の話を聞くことしかできなかった。


 「私は宗田さんに、宗田さんは日常に……執着する。そのためなら手段を選ばない――狂ってるんですよ。自覚しましょう。私は――受け入れました」

 

 唯が宗田の背中に手を回す。

 彼女のぬくもりを強く感じるが、最後の言葉に全ての血管が開ききったかのように熱くなった。

 怒りや焦りではなく高揚感に近い。

 

 詰まっていたものが取れるように、頭がすっと冴え渡る。

 その感覚に浸っていると、唯が再び話し始めた。 

 

 「早くこっちに来てくださいよ。この世界になってから、隠してきた自分の気持ち……押さえられないんです。はぁ……宗田さんは誰にも渡さない」

 

 顔を埋めるように押し付けてくる彼女からは、甘く腐った臭いがしていた。

 宗田は胃の中が逆流するような感覚を覚えたが、それとは反対に心が静まり返っている。

 

 あれだけ騒がしかった心臓は時計の針のように一定のリズムを刻み、彼女の言葉が身体と心を引き剥がしてしまう。


 「もっと、私を利用してください。そして、宗田さんは私にもっと執着してくださいね。"二人で生きましょう"」

 かつて自分が彼女に捧げた言葉を今度は彼女から告げられる。

 

 宗田は自分の心の中が完全に見破られていたことに最初こそ血の気が引いた。

 だけど、今は唯の言葉をすんなり受け入れられるくらい清々しかった。


 「なぁ……唯?」

 「はい。なんでしょう?」

 「俺も唯みたいにちゃんと――狂えるかな?」

 そう問いかけると、彼女から返事はない。

 変わりに背中に回された両手が少しだけ強く宗田の体を抱きしめられた。

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