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さすが唯

 つい先日はベリルに、今回はさらに紫苑にまで"化け物"と言われ、それを否定しようと感情的になりそうになったが、怯えたアリスと剛の顔を思い出してしまい口が開かなかった。

 

 思い返しても、自分を見た二人は化け物()を見た時と一緒。

 だから、ベリルの言葉にも腹が立ったが否定することができなかったのだ。

 

 それを、出会ったばかりの紫苑にすら見透かされ、拳を強く握って自分の感情を押し留めるくらいしかできなかった。


 荒々しく前に顔を向け直すと、唯の元へ走り出す。

 そして、低く唸るような声で詠唱を始めた。


 ――イメージは創造

 ――鋼の芯、断つ刃

 ――ショートソード


 ばちりと頭の中で火花が散ったように熱くなり、網膜に焼き付くように光が飛び散る。

 頭に鋭く刺さるような痛みが魔力切れを警告してくるが、怒りで無理やり誤魔化し魔力を注ぎ込む。

 すると、手の平に硬くて冷たい棒状ものが触れた。

 それを強く握り締め、腕を引いて引き抜くように取り出す。


 「――宗田さん!」

 唯がいつもより高い声で名前を呼ぶが、宗田の耳を素通りするだけで反応を見せない。

 宗田には、腐った死体しか映らなかった。


 紫苑に言われて湧き上がったやるせない気持ちをぶつけるかのように、斜めに斬り裂く。

 ずぶりと肉を切る感触の後に、固いものが刃を跳ね返してくるが強引に下まで押し込む。

 

 その勢いでゾンビがバランスを崩し、前のめりになると、左手でわずかに残った髪の毛を鷲掴みにする。

 

 腐ってぶよぶよになった皮膚は簡単にめくれるように持ち上がり、脂と血で固まった髪の毛が粘つくように手にまとわりつく。

 

 宗田はそれを気にする素振りすら見せず、無理やり後方に引っ張り強引に顎を突き出させる。

 ゾンビの濁った眼が無作為に動き、欠けた歯をカチカチと鳴らす。


 「……ちっ!」

 宗田はそれに対して舌打ちをすると、ショートソードを持った手を大きく引いた。

 そして、柄を強く握り全力でゾンビの顎を目掛けて突き出す。


 顎から脳に滑り込むように刃が刺さり、頭蓋の皿にぶつかり止まった。

 脳を走る電気信号が乱されて両手を捻じるようにバタつかせると一本が逆方向に捻れるように曲がる。

 それでも口元だけは肉が剣の刃先に斬り裂かれようが関係なしに、強引に動こうとしていた。


 「俺は……化け物じゃ――ない。人間だ……」

 手首を右に軽く捻り脳を粉砕するとようやく動きが止まった。


 「あ……ががび……ぬぎあぁ」

 ゾンビのうめき声。

 一体を葬るとすかさず次の奴が前に出る。

 

 宗田は今しがた倒したゾンビを踏みつけるように右足を前に踏み込む。

 

 力の限り足に力を込めると、うつ伏せに倒れた死体の背中から不快な鈍い音がする。

 それでもお構いなしに踏みつけて、目前に迫ったゾンビの胸目掛けて肘を繰り出した。


 「――私がやりますねっ!」

 宗田の肘を食らったゾンビは後に吹き飛び後続の仲間達をなぎ倒す。

 人が数人入れるくらいのスペースができると、唯が薙ぎ払いの一撃を浴びせる。


 「くわせろ。くわせろ。おにく〜」

 唯の攻撃終わりを狙うかのようにグールが突進してきた。

 人の頭ほどの大きな手が唯に迫ると、すかさず間に剣をすり込ませて軌道を逸らす。


 手がじんわりと痺れ指が解けそうになるが歯を食い縛り耐える。

 宗田はすぐに次の行動に移った。

 右足を軸にして蹴りを繰り出すと、グールの左脇腹に命中し吹き飛んだ。

 塀を壊し民家の庭の地面をえぐりようやく動きを止めた。


 こんなに……。

 自分の蹴りの威力に目が丸くなる。

 初めて出会った頃は唯の攻撃ですら歯が立たなかったが、今は蹴りだけでもその巨体にダメージを負わせることが可能になっていた。

 べコリとへこんだグールの左脇腹を宗田は忌々しげに見つめ、ベリルと紫苑が言った"化け物"と言う言葉が繰り返される。

 追撃をしようとするが、まだ人でいたい感情が足を引っ張り動けない。

 すると、横で動く気配がした。


 「――せやっ!」

 かけ声と共に唯が空高く跳躍する。

 そして、叩きつけるようにグールの頭に斧を振り下ろすと、頭からきれいに真っ二つになった。

 中身がヘドロのように溢れ、唯の右足首を汚したがそれを見ることなく叫ぶ。


 「宗田さん! こっちに!」

 崩れた塀の向こう側から唯が叫ぶ。

 真っ直ぐこっちを見つめ、左手を伸ばす彼女の瞳には宗田しか映ってなかった。

 他の仲間より何よりも自分を優先して逃がそうとしてくる。

 その手を取りに向かおうとしたが、紫苑達のことが頭に浮かんだ。

 ちらりと後ろを見る。

 

 すると、ベリルを含めて全員がすぐ傍まで近づいていたが、まだ距離が少しあった。


 「俺は……」

 唯の元へ駆け出そうとするが、足に力が伝わるだけで前に出ようとしない。

 逃さなきゃ……全員。


 唯の薙ぎ払いで、群れがこっちに来るまでに時間はまだある。

 だが、全員がここに到着する頃には群が大量に押し寄せているだろう。


 俺は化け物なんかじゃない……。

 その言葉を胸に刻むように腹の中で呟くと、唯に向かって口を開く。


 「まだだ! みんな揃って逃げるぞ! 唯、もう一度ゾンビを薙ぎ払って!」

 宗田が叫ぶ。

 「――御意です!」

 唯が走って宗田の前に立つ。

 「下がっててください!」

 宗田はその言葉に従い、跳ねるように飛び退いた。


 「はぁっ! おりゃっ!」

 ゾンビの前に駆け出して左から右に一撃。

 そして、さらにもう一歩踏み出して切り返しによる高速のニ連撃。

 大きくゾンビ達の体勢が崩され、少しだけの余裕が生まれる。


 押し込むように何度も振るって、彼女は前に出る。

 紫苑達は後方のゾンビの足止めをしているが、一気に距離が出てしまった。


 後に向かって宗田は呼びかけると、横で風が揺れた。


 「できました!」

 

 唯がバックステップで一気に宗田の元へ戻ると、嬉しそうに笑顔を見せる。

 宗田は優しく見つめ返し、口を開く。


 「ありがとね。さすが唯だ」

 その言葉が届くと、死臭の漂う戦場には場違いなほど唯ははにかんだ。

 手を後ろに組み嬉しそうに体を揺らす。


 少しだけ緊張が緩むと、熱くなった頭が冷える。

 宗田は今の戦いで、苛立ちに任せて戦ってしまったことに肩が重くなったような気がした。

 紫苑達が到着する間、宗田は自分の手と魔法で創り出した剣を見る。

 脂と血がべったりとくっつき、剣の(やいば)の一部が刃こぼれしていた。


 さっきの戦い……化け物じゃないと否定するつもりだったけど……。

 結局は怒りに任せて戦っていた。

 普通の人間にはあんな戦いができたのだろうか?

 ゾンビの顎から剣を突き刺すのも罪悪感を感じない。

 二メートルを越えるグールの巨体を数メートル蹴り飛ばし、仲間を助けるために当たり前のように唯に指示をして死地に向かわせる。

 少しずつだが、世界が自分の体を侵食していくようだった。


 「すまない。待たせた」

 背後に気配を感じると、低い男の声がする。

 肩越しに後ろをちらりと見やる。

 全員が肩を切らしながら、自分の元へと到着していた。 

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