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泥の女王(2)

 しばらくして、僕らは深い掘に囲まれた聖防国の城下街、転水の都の大橋まで戻ってきた。橋の上には、近くの農村民。商隊の馬車。武装探検者の集団。聖防騎士の警邏。普段通りのにぎにぎしい様子に「帰ってきた」という感覚が湧く。


 近年、民の数が五十万人を超えたとされる聖防国は、内外の拡張が盛んに行われている。気付けば僕とアージェの帰る家も、月海の村や未開森林ではなく、聖防国であるという気になってきている。


 城門前で憲兵ともめる商人を横目に、手すきの兵に鉄製の入城札を見せる。第二王子と月海の巫女は〝顔で〟通り抜けるが、格下の星護りはそうはいかない。


「リア。今日は聖女さまが帰ってきわわっ」


 グリンに騎乗中のアージェが、僕に話しかけようとして態勢を崩す。慌てて手を差し出すと遠慮なく握られた。「よいしょ。ありがとう」とお礼が返ってくる。


「危ないぞグリン。もっと揺れずに歩け」

「キュルァ」

 巫女には従順な鷲顔の獅子が、鼻を鳴らしてあしらってくる。

 最近はとくに反抗的だ。この野郎。


 大城門を抜けると、多くの人たちの視線が一斉に向いた。見られているのは、人気者の第二王子と、ウッドグリフォンに乗った巫女の二人。ヴァイライナは澄まし顔でいるが、僕はすこし悔しい。人気でないことがではない。

 アージェの前で、格好がつかないことがだ。


 昔、父さんや姉さんにも叱られたのに、今でも星護りの矜持より己の自意識が前に出てくる。それだけに、僕はいつまで経っても星護りの自称が板につかない。


「それじゃあ二人とも、オレはいつもの道で帰る。出征まで十分に休んでおけ」

 大通りを歩んでいると、途中でセイヴが別れを告げた。

 彼の横では、暗い顔をしたヴァイライナが嘆息している。


「リーア。アージェル。私もここで……気は進みませんが」

「ああ。今回も〝あっち〟から帰るのか」

「……ええ。気まぐれの一日放蕩でしたので」


 聖王城まで直進できる大通りの中心部。商店の並ぶ花池の十字路の前で、二人と別れる。僕とアージェは右手側の下層民区域へ。セイヴたちは正面……ではなく左手側へ。貴族や資産家の屋敷が建ち並ぶ、上層民区域のほうに進んでいく。


 とはいえ、二人の家は上層区にはない。王子と近衛騎士の住居は城内にある。だが正式な許可なく外出した日は、城門で手続きして登城すると体裁が悪い。

 なので二人は、王族にのみ伝わる隠し通路。


「……あの下水道、私はもうイヤかなあ。鼻が曲がっちゃうよ」

「キュルキュル」

「ねー。鼻がいいグリンもそう思うよねー」


 転水の都の地下。複雑に張り巡らされた下水路の一部は、聖王城の裏手につながっている。複雑怪奇な道順と、専門鍵のいる堅牢な鉄格子により、自然と迷い込むのは不可能だ。もとは王族のための脱出路を利用し、セイヴは城を抜け出す。


 僕とアージェも過去に一度だけ、そそのかされて同行したことがある。感想としては、さすが下水路だ。聖防国の汚れを受け止めるそこは、本当に最悪だった。


「セイヴのやつ、そのうち婚約者に臭いって言われそうだな」

「あー。セイヴさん、公爵家のご令嬢さんと婚約したんだったね」

「みたいだな」

「だねえ」

「だな」

「ねえ」

「…………な」

「…………ね」

 不思議なことに、会話しているだけなのにおかしな空気が漂う。


 葉っぱのような色の目も、海色の髪も、変化のない背丈も。アージェは昔とそう変わりない。けれど最近、こういう話をすると、こうなることがけっこうある。

 その傍ら、グリンは獣らしい無表情を気取る。ほんと、裏切りもんめ。


 幸い、言葉数の少ない帰り道は長く続かず、僕らは家にたどり着けた。色あせた大型木造のそれは住宅ではなく教会。聖防国の信仰を司る、白の教会。ヴァイライナの祖母が教会の頂点、聖女であったことで口添えしてくれた今の家だ。


 目につく建物の汚れは、ここ数十年で信奉者が急速に減った現れ。教会は政治外に追いやられた存在だ。ゆえに二年前、僕らの鞍替えもすぐに認められた。


 聖防国では王族や聖防騎士ほどの存在感はないが、月海の巫女は腐っても国賓。教会なら政治道具としての価値も薄れるからと、権力者たちを安心させた。


「みんな。帰りましたよー」「帰ったぞー」「キュルゥ」

 ガタつく両開き扉を押し開く。視界に広がったのは長椅子の並ぶ礼拝堂。

 正面最奥の壁面には、青白い満月と、顔のない白の女神の肖像が飾られている。

 僕にはピンとこないが、アージェはここが心地いいらしい。


「アージェルぅ!」「リーアぁ!」「グリン帰ってきたぁ!」

 礼拝堂に入ると、瞬く間に十数人もの子供たちに群がられた。


「お帰りなさい、月海の巫女。星護りと星送りも無事なようでなによりです」

 続けて、純白の司祭服を着た老婆の聖女。僕らの帰りを歓迎してくれる。


「ただいま戻りました。聖女さま」

「晩餐の支度ができていますよ。さあさ、荷物を置いてきて」

「はーい。行こ、リア」


 教会は城下街をはじめ、近隣の村落にもいくつか建てられている。なかでも大拠点になるここには教会としての機能のほかに、孤児院も併設されている。


 聖防国も月海の村もそうだったけど。人を害するのはなにも汚泥魔と奇怪機だけではない。水や食料があっても、重たい病に勝てる人はそう多くはいない。


「リーアぁ、リーアぁ、お菓子のお土産はぁ?」

「今日はなし。農村からは依頼金を取らない決まりだから」

「ええ! やだやだぁ!」

「おいミト。ただでさえ寄付でご飯食べさせてもらってるんだ。ワガママ言うな」


 女児のミトを優しく振り払うと、違う男児が足下にまとわりついてくる。

 先ほど露払いしたはぐれ奇怪機兵たちよりも、なかなかに厄介だ。

 まあ、嫌いな厄介さではない。


「もーパルチ。リアの外套を引っぱっちゃダメだよ」

「ほらグリン、僕らの代わりに子供のお守りしとけ。噛むなよ」


 成長期の顔になったが、性格は子供っぽいままのグリンが不服そうにうなる。

 アージェのことは母のように敬うのに、僕のことは対等に見てきやがる。


 子供たちの突進を避けて、アージェと一緒に礼拝堂の奥扉を抜ける。

 扉の先には庭園。今は赤色、黄色、紫色の名も知らぬ花々が一面に咲いている。どれも拾ってきた野生の花の種を、アージェが子供たちと植えて咲かせた。


「ねえリア。明日は市場に行こっか。みんなにお菓子を買ってあげられるかも」

「それより休め。アージェは貧弱なんだから」

「むー。これでも体力ついたんですからねー」


 庭園の奥には孤児院が建っている。

 その一角を、僕らも寝床として使わせてもらっている。

 散らかった遊び道具と、古びた井戸を横目に、孤児院に入って二階へと上がる。


 井戸の先の囲いを跳び越えれば、建物の影に隠れて大通りまで行ける。それをするのは外出禁止日に欲求不満な子供たちで、見つけて叱るのが僕らの役目だ。


「アージェ。あとで洗濯もするから、洗う服は扉の前に出しとけよ」

「はーい」

「そう言っておまえ、何回忘れた?」

「……は~い」


 アージェとは隣同士の部屋だ。今さら恥ずかしがるような間柄ではない。それに昔は知らなかったが、三年もこの距離感でいると、抜けた一面も見えてくる。


「あっ、リア。服の袖がまたほつれちゃってるよ」

「アージェが引っぱるからだろ。いいよ、こんくらいべつに」

「よくないよお。衣服の快適性って、鎧の頑丈さと同じくらい大切なんだよ」

「はいはい。いいから、お腹減った」

「もー。クスクス」


 失礼な態度を取る従者にも、同い年のご主人さまは寛大だ。それは僕らが月海の巫女と星護りではなく、アージェとリアでいられるからだろう。


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