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月を照らす(3)

「リーアくん。あっちの砂浜にあった水宝玉の杖って、もしかして月海の願杖?」

 翌朝。背負子をキオに背負わせたメアが、聖防国へと帰る直前に尋ねてきた。


 背負子には、俺が保存していた数日分の干し魚などが詰まっている。商売としては安すぎる値段で譲ってやったものだ。

 どうも森猫の小道を踏破するには、三日近くかかるというから。


「あれさ、昨日見たとき月海の願杖だって思ったんだけど。ぜんぜん抜けなくて」

「どこにでもある杖だろ」

「じゃあじゃあ、やっぱ戦利品として取ってってもいい?」

「ダメだ」

「え~! なんでぇ~! 月海の願杖じゃないんならいいじゃんかー」

 険しい視線で見下ろしてやると、ごねていたメアもだんまりした。


「メア。村の調査での痕跡回収は厳禁。報告にとどめないと罰せられちゃうよ」

 キオのお叱りに、メアが「やだやだお堅いこって」と返す。

 俺も肩の力を抜く。

 もし取っていったなら追いかけて殺す、と言いそうになった口を閉じる。


「んじゃ、ありがとねっ。もし聖防国に来たら、今度は私がごちそうするねっ」

「リーアさん、食事と宿泊ありがとうございました。またご縁があれば」

「ああ。じゃあな」


 メアが勢いよく走り出す。キオが慌てて追いかける。最後まで騒がしい二人だ。

 尾を引かず、前にだけ進んでいく姿はすがすがしくて好感に思える。


 騒音が消えると、物小屋もいつもの静寂さを取り戻した。この一日で約十日分の食料を費やしてしまった。海辺に小ぶりな網でも仕掛けにいこう。

 小屋に入り、壁にかけた黒いローブを羽織る。古物なだけに裾もボロボロだ。

 急ぐでもなく丘を降りて、村のほうへと歩いていくと。


「う、うぎゃあああぁぁぁああっっーーー‼」

 色気のない少女の叫び声がした。たぶんメアだった。


 二人は森の外。月海と精霊樹領域に面した東端の荒れ地を進んでいったはず。俺の知る限り、途上には足を踏み外して海に落ちる危険くらいしかないはずだが。


『小僧。鼻につく錆鉄の臭いじゃ。奇怪機がおるぞ』

 体はとっさに動いた。村へと続く白浜に背を向け、悲鳴のもとへと駆ける。


 このあたりには過去に一度だけ、泥女が汚泥魔兵を引き連れて来た。だがそれだけだ。奇怪機が侵入してきたなんて話、今の今まで聞いたこともない。


「やめろぉ! くんなくんなどっか行けぇ!」

「メア! 早く僕の後ろに!」


 全力で走っていると、精霊樹の木々で視界が閉ざされていたあたりで二人の背を見つけた。彼女らの前には、のっぺりした人型が立っていた。

 教会兵のころによく対峙した、鉄人形の姿。奇怪機兵は通常、隊長一体に兵隊数体の編成でよく見たが、周囲には一体の敵しかいない。


 口を模したような加工線しかない顔面部に、錆びた鉄仕立ての全身。見ようによっては全身鎧の頑強な騎士に映るが、そんなしゃれた存在ではない。

 動くものなら人でも動物でも汚泥魔でも見境なく襲いかかる。それが奇怪機だ。


「くっ、をっ、っつぁ!」

 キオが髪を乱して、分不相応に思える長剣を必死に振るっている。


 対する奇怪機兵は、全身に酷い赤錆びを浮かべている。潮風にでもやられたのだろうか。手にしているのは折れた鉄の棒。穂先を失った槍であろう。

 ただ、折れ口が絶妙に尖っているせいで、槍状の凶器としては機能している。


「なにがあったッ」

「リーアくん⁉ ごめんちょっとマジお願いだからどうか助けてぇ!」


 赤錆びだらけの奇怪機兵が、折れた槍でそれほど速さのない刺突を繰り出す。

 見た目通りに劣化が激しい。大陸北西部の個体にしては動作がぎこちない。


「い、っつぅ……」

 けれど、キオでは実力伯仲か。

 彼は重たそうな長剣に振り回されながら不格好に応戦している。

 剣術の型は身についているが、弱い。自力と経験の足りなさがひと目で分かる。


 彼を助けるのは簡単だ。でも、状況を目前にしながらも躊躇した。

 こっちは聖王の命を狙った逆賊の叛徒。聖防国の者とはあまり接点を持ちたくない。俺の存在も察知された以上、身を隠すことすら考えているのだ。


 なのに命の恩人などという余計な情を持たせれば、彼らの口も開きやすくなってしまう。不都合な相手にも伝わりやすくなることだろう。

 そうなればいずれ、ここに聖防騎士が差し向けられてもおかしくはない。


『小僧。予を働かしたくば敬意を払えよ』

 泥女が言った。泥女は、俺が助ける前提で物言いしてきた。そのせいだ。

 こいつのせいで、俺は否定するのも面倒になり、助けることを選んでしまった。

「黙れ。おまえは寝てろ」


 両足を力ませ、加速する。怖じけるメアを追い越し、キオの背に迫り。


「それを貸せキオッ」

「えっあ、わっ⁉」


 たどたどしい剣戟で息を切らせているキオに手を伸ばす。無理やり長剣を奪い取る。ズシリと重たい感覚。今の体には大きすぎる。だが操れないことはない。


 戦闘の邪魔になりそうだったキオを足で蹴飛ばす。

 地面に転ばせて、敵との距離を作り出す。すぐさまメアがキオへと駆け寄る。

 弱々しく心配そうな声。それも彼女の素顔なのだろう。


 奇怪機兵は対面する相手が変わっても気にせず、距離を詰めて接近してきた。

 折れた槍の突き。遅い。目で見て、最小限の横飛びでかわしきる。

 そのまま両手で、相手に剣を突き立てるように構える。

 相手の胸元をめがけて、まっすぐ押し出す。


「おまえらとは散々やったんだよ」


 鉄と鉄の隙間の弱点。鋭刃の細い刃のようにはいかないが、心臓部に剣先が食い込む。奇怪機兵は一撃で事切れ、体勢を崩した。珍しくも直後に砂化しはじめる。


「ぎょええ……なんで砂になってるのぉ……」


 どうにも勉強不足な新人である。奇怪機兵というのは残骸を放っておくと砂と化し、風で消えるものだ。といっても、普通は数日かかるのだが。

 こんなふうに、即座に砂化する個体を見たのは初めてだった。


「リ、リーアさん、助けてくれてありがとうございます!」

「リーアくんすごい! つよい! ほんと感謝ぁ!」

 二人の感謝を無視して、借り物の長剣をジッと凝視する。


 奇怪機兵の体は硬い。場合によっては刃が負ける。だから確認しておく。

 幸い、長剣は刃こぼれしていない。キオに無言で差し出し、ぞんざいに返す。


「まさかこれが奇怪機兵? 初めて見たよぉ。めっちゃコワ~……」

 能天気に見えるが、メアの顔は緊張でこわばっている。

 足も、今になって震え出している。


「ほんと、死んじゃうかと思いました」

 キオは弱音を吐きつつも平然とみせている。

 メアの前だから、平気そうにしているのだろう。


「ねえリーアくん。このへんって奇怪機兵の棲み処なわけ?」

「いや。初めて見た」

「うげ。そなんだ」

「じゃあな。この先も気をつけろ」


 一宿一飯の仲だが、命が無事ならそれでいい。背を向けて帰ろうとした。とくにメアは口も軽そうだから。新たな隠れ家を作ることも考えなければ。


「ちょぉ⁉ ちょっと待ってリーアくん! 聖防国まで一緒に行かないのお⁉」

「冗談じゃない。誰が行くか」

「くぅぅーっ! だってだって、また奇怪機が出たら私らどうすんのさぁ⁉」

「どうもしない。あぶれ者の武装探検者になったことを悔やめ」


 武装探検者なんてのは、世間のはみ出し者が食いっぱぐれないためになるドン底の賤職だ。探検以外でも平凡に生きていけるやつがなるもんじゃない。恐怖を覚えたこれを機に辞めてしまえ。そのほうが人生も豊かになるだろう。


「すみませんリーアさん。僕からも、聖防国までの護衛をお願いしたく……」

 命の尊さを語りながら憤慨するメアをよそに、キオもおずおずと申し出てくる。


「メアの護衛はおまえだろ」

「……僕じゃまだ、力不足なので」

「力不足を容認して、ここまで来たんだろ」

「そ、それは……」

「敵なんてめったにいない。もしいても、走って逃げれば生き延びられるさ」


 返す言葉がないのか、キオは黙りこくった。ガキの相手などしていられない。こうして奇縁はさっさと見切りをつけるに限る。


「……メアを、護りたいんです」

 盛大に地団駄を踏む少女には聞こえない小声で、キオがつぶやいた。


 ほかの誰かに頼んででも、メアを守る。それが彼の貫きたいことなのだろう。

 真剣なまなざし。とてもまぶしい。先に目線を外したのは俺のほうだった。

 そのまま非情に踵を返せば、物小屋に帰れるのに。イラ立ちが募る。


 まっすぐな彼と、曲がりくねった自分と。

 俺が最後まで成せなかったことへの、悔恨のせいで。


「……森猫の小道までだ」

 押し負けてやったのではない。彼への純粋な敗北心がそう言わせた。


「っ、ありがとうございます!」

「ん? なにリーアくん来てくれるの⁉ やったーありがとー今から大好きっ!」

 相方の尊い勇気などどこ吹く風か。

 調子のいいメアには、ため息を吐いてやった。


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