月を照らす(1)
森に覆われて滅びたとされる、月海の村。村外れの白い砂浜をしばらく東へと歩いていくと、ほどよい傾斜のある小高い丘が見えてくる。
その上にポツンと建っているのは、屋根も壁も傷んだ物小屋。
そして現在、小屋の前には二人の人影。
明るい顔の少女と、疲れ顔の青年の姿があった。
「すみませーん。すみませぇーーーん。誰かぁ! いますかぁ⁉」
日も傾き、一日の終わりを臭わす夕暮れ前の時間帯。
海の丘の物小屋の前で、少女が乱暴な手つきで粗雑な扉を三度叩く。
快活な娘の声は、居留守を決め込んだ小屋の家主にも聞き覚えがない。
「んー……まいっか。よーしキオ、ここを私たちの根城にするよ!」
「ちょっと待ちなよメア。誰かいたらどうすんのさあ」
「ぁぁん? 誰がいるってのよ。こんなきったなくてボロい廃墟に」
劣化した扉が少女によって無遠慮に開かれる。
室内に流れ込むのは、丘の下から聞こえてくる月海の潮騒。
ザア、ザアと。何年経っても変わりない、穏やかで規則的な波打ちの音。
「っじゃまっしまー……あへ? なんかイイ匂いが……ァッ」
無礼な少女も悪いが、返事をしなかった家主も悪いだろう。
「誰だ」
少女に向かって、小屋のなかにいた小柄な少年が尋ねた。
黒髪と、わずかな小麦色の髪が共存する、聖防国では珍しい二色髪。
目つきも妙に鋭い。野生動物のごとき気配で警戒している。
「あー、いやー、そのー、ぅぁー……っんませんです」
調子のよかった少女が気まずそうな顔を浮かべる。
ついでに不調法にも、屋内をチラチラと盗み見ている。
小屋内には、そこら中に古い漁具が置かれている。
人が住むにしては雑然としていて、生活感も薄い。
そんなゴミ溜めのような場所で、険しい目をした少年ににらまれる。
「ご、ごめんなさい! ほらメアも謝って! 僕ら人がいるとは思ってなくて!」
少女の後ろで、利発そうな青年が頭を下げる。
相方の謝罪に乗じて、少女も一拍遅れて背を折り曲げる。
「なんの用だ」
「えっとぉ……あのぉ……いやその私たちぃ、武装探検者なんですけどぉ……?」
少女が目を泳がせる。勝ち気に見えて、想定外の事態に弱い。
短髪の少女の腰にはちっぽけな短剣が一本。青年のほうは立派な長剣を背負っている。二人とも、川縁羊の皮革を用いた革鎧にはキズ一つない。
聖防国ではよく見る、新人探検者の姿そのものだ。
「えっと、僕らは聖防国からやってきた武装探検団でして」
「それそれ。メアリシアです。初級探検者です。月海は初めてです。十五才です」
「その情報いる? えっと、僕はキオルタスといいます」
「それでなんの用だ」
家主からは再びの無愛想な返答。二人も困った顔をする。
まもなく興味も失せたのか、家主はそばの銛を手に取ろうとした。
ごく自然な動作で、二人を脅かして帰そうとした。
『阿呆が。名乗りくらいせんか、礼儀のない小僧めが』
すると、左腕の同居人に叱られた。
いつぶりだろうか。長らく会話していなかったせいで動きを止めてしまう。
その声は当然のように、目の前にいる少女と青年には聞こえていない。
「チッ…………リーアだ」
「は、はえぇ?」
「俺の名だ。それで、なんの用だ」
彼が自らの名を口にしたのも、己で耳にしたのも、実に数年ぶりのことだった。




