【一話 蒼灰の誕生(しかし、その舞台裏では・・・・)】
─────"材料"が揃い【はじめからいたモノ】は早速【生贄竜】を『世界』に立たせる為の準備を始める。
提示した"材料"を【生贄竜】の“器”を産ませる為に選んだ『人間』という種の男女に少しずつ時間を掛け、中に均等に丁寧に混ぜる。
ただそれだけ・・・・・。
一見単純に見えるがこれがかなり大変な作業でね。
混ぜているものが全ての"力"の根源の一つである【生贄竜】の一部を、ただの人間の中に入れしかも混ぜているのだから。
普通のヤバい劇物に更に超ヤバイ劇物を混ぜている様なもの。
適当にやったらその人間はおろか、『世界』がパーンかプチってなるよ。
だから、慎重に且つ迅速にやらなきゃね?
【生贄竜】に近い《幻想の住人》ではなく《人間》に産まれさせる事により、安全に『世界』を傷付けない様に組み込む為。
地味で、長くて、でも本当に気の抜けないマジで緊張とストレスマッハな作業だったけど、なんとか彼を無事に『世界』に産まれられる事が出来た。
それを見届けた【はじめからいたモノ】は兼ねてから計算通り、『場所』から離れ向こうに行った【生贄竜】と合流をした。
その時点でちょっとしたトラブルが起きるとは知らずに、ね・・・・・。
* * * * *
私が彼を組み込んだ地であり、彼が目的を果たす世界の一つである国は嘗て人間・妖精・精霊・幻獣達が共存して住まう神秘・幻想に愛された美しい島。
灰色の竜が殺そうとする【アヴァロン】に最も近い現世の国【ブリテン】。
しかし、彼が産まれた時点で、今その島にその面影はもう無い。
人間同士が起こした戦争の炎が、ブリテン全土に覆っていたからだ。
日中アイルランド人・ピクト人そして、サクソン人等の攻撃の猛威に晒されているにも関わらず、ブリテン全土の支配権を得ようと、各諸侯が激しい内戦を起こす事で更に炎は激しく燃えた。
それらが原因でブリテンの島は血と負の穢れが蔓延し、妖精・竜など様々な幻想世界の住人が死ぬか、或は狂っていった。
またそこから呪いが発生し更に汚れが増すという悪循環が発生してしまう。
故に今やブリテンの地の殆どが死と混沌・増悪渦巻く暗黒の闇に飲まれていた─────。
まあ、ブリテンがこうなったのは、現世のいざこざだけが原因ではないのだけどね・・・・・。
でもその中でごく一部だけどその穢れに汚染されていない国が幾つかあったんだ。
彼が産まれたのはそのごく一部の国でかなり小さな国名は『──────』。
ああ、ごめんね。その国の名は当事者達以外はただの音としか聞き取れない。
なにせ“封印措置”の影響で、名が地上から抹消されてしまったからねぇ。
無関係な君達では言葉にする処かそれが国の名前なのかも分からない。こればっかりはしょうがない、諦めて。
ああ、話を戻そうか。
その彼を産んだのが、そこを治める王族夫婦。
彼等の治める領土は、呪いと穢れの影響が少い綺麗な土地だ。
それがあってか他の領土と比べ、神秘の加護がまだ残っており、現世に残った妖精を始めとした、幻想の生き物達が多く住み着いていた。
その国を治める王は見識が広い上、人を視る目も優れていた。
だから冷静に今のブリテンの状態を把握し、国全土に浄化の結界を張り、『外』からの呪いと穢れが入って来れないようにした。
そして戦も敵国が攻めて来る以外は戦場には出陣はせず、代わりに徹底的に国の守りを固めたのさ。
これがあったから小国ながらも、一番安全でまともな国でいられたんだ。
そんな偉大な王なんだけど、これが普通の思考回路を持つ人間な訳がない。
この男、中々アクが強い上、かなりえげつない腹黒狸な王だったよ・・・・・。
* * * * *
それは月明かりがない夜の事。
質素だが綺麗に整えられた室内を、三本の蝋燭の明かりが照らし、二つの影を映し出す。
その影の一つ蝋燭の光に反射して黄金色に輝く髪の男は、机の上にある書類と思われる洋紙に目を通しながら、もう一つの影、男の頭三つ分低い白髪の老人に問うた。
「それで?まだ、私の二番目の子は眠ってるのか?」
「そうですなぁ・・・・・いつも通り深く眠り、"奇妙な発作"を起こしては生死の境をさ迷い戻って来るの繰り返しですな」
「ふうん」
老人のいつもと同じ報告結果を聞いて、詰まらなそうな顔を隠しもせず書類から目を離し、窓の方に緑柱石色の目を向けた。
その視線の先には夜の黒い闇に包まれているにも関わらず、ハッキリと輪郭を映し出す白く美しい塔がある。
その塔には件の二番目の子がいる。
二番目の子は生まれた時から、色々驚かされた。
生まれてから一ヶ月もの間ずっと、右手を握ったままで中々開こうとしなかったのだ。
左手は普通に開いたり父母、兄の手を握ったりしていたが、右手では一度もそれをしなかった。
流石にこれは何かあると思い、念のためエムリスに呪いか何かの魔術に掛かっているのかどうかを調べてから、二番目の子の小さな拳を開くことにした。
調べた結果、呪い・魔術の掛かった形跡は無かった。
そして次に拳を開いてみたら、それは簡単に開いた。
これには父王も少し拍子抜けをしたのだが、それは拳が開ききった瞬間に驚愕に変わった。
二番目の子の手の中には、小さな赤黒い血の色の様なモノの塊が握られていたのだ。
その塊を直ぐにエムリスに調べさせた結果、
「この物質は血ではありません。
木・石・宝石・鉱石のどれにも該当しませんな。
それどころか、この世界に存在するのかも分からない"何か"になります」
それを聞いた父王は、それはもう嬉しそうな表情であった。
ただ、父王はその得体の無い物質を直ぐどうこうせず、ただエムリスに厳重に保管する様にだけ言って(押し付けて)、後は時々報告を聞くだけで殆ど何もしなかった。
「そういえば、あの塊はまた大きくなったそうだな」
「はい。今は大人の手の平ほど大きく・・・・否、形を変えている言うべきかと」
「ほう?」
「あれは成長しています。あの王子と一緒にです」
「!?ははははっ!成長している?
それは何とも面白いな!我が子ながら生まれて早々に色々やらかしてくれるとは!!これは面白くなりそうだ!!」
「そうですなぁ。ただ、この物質もそうですが、他にも面白そう・・・ではなく、解決せねばならん問題が幾つもあるんですがのぅ」
そう、三年後の現在、これも生まれた時から起こっている一番不可思議で厄介な現象とでも言うべきか、それは・・・・・
「やれやれ・・・二番目は寝るのが本当に好きだねぇ」
「赤子は寝て育つ、と言いますがのぅ。
まぁ、流石に三年以上は寝過ぎでしょうな。
それに加え一日に一回は"奇妙な発作"を起こすとは、本当に摩訶不思議なお子ですなぁ」
「最初の"奇妙な発作"の時はそれが分からず、お?いよいよ目が覚めるのか!?と思ったらただ死にかけるだけで終わったんだったけな。
流石にあの時は二番目を窓から放り投げようかと思った」
「笑顔で物騒な事言うのは止めなさい。それにそんな事したら王妃が大変お怒りになられますぞ」
「そうなるから思い止まったんだ。彼女にだけは怒られたくないからな」
明らかに怒られるレベルではないだろ。
怒り狂って刺すか、呪殺するよそれ。
自分の息子を川に流すとか、普通の世間話みたいに話してる、このイカれた二人の会話は続く。
「しかし、毎回その奇妙な"奇妙な発作"で死に掛けてるのに、死なないなんて凄いな私の子は。きっと面白い子になると思うぞ」
「そうですな。おそらく王の様にとんでもなくブッ飛んだ感じの人物に育ちそうですなぁ・・・・・」
長い間この国の宮廷魔術師兼王の教育係をしてきていた老人は、遠い目をしながら感慨深く呟く。
「アハハハ!確かにそうだな。
ただ─────
これ以上眠っているようなら、川に流して叩き起こそうかと思うのだが、どう思う?」
* * * * *
─────【生贄竜】の夢・現在
何もない白い夢の中。
そこに、二つの神とも魔とも人とも違う存在がいた。
方や、灰色の髪とキレイな蒼い夜空の瞳の幼い子供─────【生贄竜】は、その瞳を閉ざし静かに正座をしていた。
方や、初め出会った時の普通の人形の姿から、体長30㎝・白いマシュマロボディの糸目でツルッとパゲの丸頭。
な、生物にメタモルフォーゼした【はじめからいたモノ】改め【ナマモノ】が彼の背後に立つ。
その指が何処にあるか分からない手には、黄色い柄と鮮やかな赤い槌のハンマー────先の時代ではピコピコハンマーと呼ばれる玩具が握られていた・・・・・。
どうでも良いが、【はじめからいたモノ】が【ナマモノ】に改められたのは、彼がその名称?が長いから呼ぶのが面倒臭くなって、再開した今の姿と肌の感触がナマっぽいからという理由である。
そんなに生っぽいかなあの姿?
ん?そんなのどうでもいい?
と言うか何で、こんな所でピコピコハンマーが出てくるんだ?ふざけてるのか!?だって?
いやいや、ふざけてないよ?
まぁ、どう聞いてもなんかのコントにしかみえない光景だけど、本人達は至って真面目。
こんな可笑しな事になったのは、さっき話した王と魔術師の会話で出てきた、彼の二番目の子───【生贄竜】が起きないのが原因だったのさ。
「・・・・・【生贄竜】くん、聞いたね?彼は本気で君を川に流す気だ。
あの王、正真正銘の有言実行タイプな上、かなりえげつない性格だもん。
容赦なく清々しい笑顔で川にポイ捨てする、絶対する。
彼を視て"選別"した私が言うんだから間違いない。
川流しは絶対阻止したい。
だって、散々苦労してここに組み込んだのに、早々指一本動かせ無い上、何もせずに死合終了なんて馬鹿げた展開絶対に回避したいもん。
最初の一年は仕方なかったとしても、これ以上は見過ごせない。
これは、君を起こす為なんだ。
・・・・本当にゴメン・・・・・・・・・」
そう言いながら、下ろしていたピコピコハンマーを静かに、そして高々と構える。
「いいんですよ、【ナマモノ】さん。
私はアレを殺す為に、この世界に産まれたんですから。
こんな所で立ち止まっている訳にはいきません。
それに、こうなってしまったのは、私がこの三年眠りから覚める方法を習得出来なかったせいなんですから・・・・・」
力無く笑う【生贄竜】。
その顔には疲労の影が色濃く出ていて、見た通りかなり深刻な事態だと察することが出来たよ。
理由が軽すぎて全く想像出来ない?
ちょっとキミ、空気読んでよ!
何度も言うけど、本人達にとってはマジで深刻な問題だったんだからさー!
だって【生贄竜】は自力で起きる事が、出来なかったんだから。
いや違うか、"起きる"と言う動作を知らなかった、と言うべきか。
信じられないかもしれないけど、キミ達にとっては当たり前である"起きる"処か、"眠る"事も知らなかったんだよ。
彼は発生した時から、ずっと起きていた。
【生贄竜】になった後も、自分を生け贄にした【アレ等】から世界全ての“生命線”と“自分の命”の支配権を奪った後も、【アレ等】がバカやってボロボロになった“生命線”を修繕し、なるべく平等にながれるよう調整した後もずーーーっと、ね。
【ナマモノ】も《人間》についてアレコレ説明していた時に、初めてそれを知った。
まぁ、こっちと『場所』の在り方って色々違うから、そういうのが無かった理由は何となく分かったよ。
でも、本当良く今まで生きてたよね?疲れとか感じ無かったの?って【なまもの】が聞いたら、彼何て言ったと思う?
「"つかれ"って何ですか?」
「」
ヤベェ、コノリュウ、ハヤクナントカシナイト
それから、【生贄竜】には、睡眠・休息・疲労についてその大切さをそれはもうみっちり・ねっちょり叩き込んだのだった・・・・・。
徹底的に教えたかいあって、彼は母親の腹の中にいる間に"眠る"のはすぐ習得出来たんだ。
だがしかし、"起きる"に至っては、意識だけは起きる事は出来たけど、身体の方は全く起きる事が出来なかったんだよ。
それは産まれて三年たった現在までずっとね。
二人してアレコレ試したのだけど、全て惨敗。
原因はなんとなく分かってる。
真面目な彼には言わないが、多分彼は無意識に起きることを拒否しているのではないかと。
『場所』で想像を絶する長い時間、狭い檻に閉じ込められ、鎖で身動きできない状態で、こちらの世界の《生命線》の調整とかしてる内に、少しずつ疲労が蓄積されてたんじゃないかって、しかも自覚ないまま。
そして、彼の本能は長い間蓄積されてしまった、疲労を人間の体を通して本体を回復する為に、そのまま眠る事を続行してしまう。
そりゃ、一年や二年で蓄積された疲労は回復なんてしないよねぇ。
でも、彼には【アヴァロン】を殺す目的がある。
こんな所でもたもたしてもらっては、こっちも困るんだ。
頑張って彼等は奮闘した。
だけど、休息期間も大幅に過ぎ、王様も全く起きる気配の無い息子に対し、早く起きないと川に~と言いながら、不穏なオーラ(黒)を醸し出し始めたし。
もう、時間がないと悟った二人は最後の手段に出た!
最終兵器で【生贄竜】を殴って、覚醒させる事にしたのさ!
「さぁ!遠慮は要りません!思いっきりやっちゃってください!!」
「おっしゃぁ!一撃で決めてやんよ!!
逝ってらっしゃい【生贄竜】くん頑張ってねっ!!」
「え?何か「いってらっしゃい」に妙な響きが────」
「どおおぉおぉぉおおりゃああぁぁああぁぁぁ!!!!!!!!」
ピッコーーーーーーーンッ☆
ピコピコハンマー特有の可愛らしくも間抜けな音が、白くて広い空間に虚しく響いたのだった・・・・・。
* * * * *
「あ、起きた」
黒み掛かった今にも泣きそうな灰色の空の下。
そこには、真上の空より白み掛かった、灰色の髪の小さな幼子を抱えた黄金色の髪の王が立つ。
深い翠玉の瞳が嬉しそうに、しかし少し残念そうに、キレイな蒼い夜空の瞳を大きく見開き、己をガン見する息子の頭を撫でた。
「おそよう私の二番目の子【ウーサー】・・・・・。
あと私が二歩進んでたらお別れだったが、その前に起きてくれて良かった、良かった」
カラカラと笑う王の立つ位置から二歩先には川。
しかもただの川ではない。数日前から連続で降った雨により、水かさが増し濁った水が轟轟と激しい音をたて流れる川だった。
ウーサー&ナマモノ
「ギ、ギリギリセーフ(です)」
ナマモノ
「そういえばキミ、ソレ(発作)はどうするの?」
ウーサー
「コレはこのままにしときますよ。
─────いざとなった時の"保険"になりますからね」