盤面のハッキングと、計算外の『時間超越(オーバークロック)』
轟音と共に巻き上がった粉塵が、第1演習場を覆い尽くした。
シオンの放った『遅延発火』による極大の範囲爆撃。直撃を受けた第一部隊の陣形は、完全に消し飛んだかに見えた。
だが——煙が晴れた後、そこには数人のエリートたちが、血を流し息を切らしながらも立っていた。
「……さすがはエリート部隊。トーヤの結界が解けたコンマ数秒の間に、後衛が防御結界を何重にも展開して耐え切ったか」
俺は戦術モニターの数値を冷静に分析する。
第一部隊の前衛二人は戦闘不能。しかし、部隊の要であるソウマと、中衛の火力要員たちはまだ生き残っていた。
「想定以上のダメージだが……お前たちの『底』は知れたぞ、カイト!」
傷ついた陣形を即座に立て直し、ソウマが声を荒らげる。
彼の眼鏡の奥の瞳は、怒りではなく、冷徹な計算の光を放っていた。
「味方を囮にして敵を集め、動きを止めて範囲爆撃を叩き込む。確かに初見殺しの凶悪なコンボ(特化戦術)だ。だが、その大味な戦術には致命的な欠陥がある!」
ソウマは手元の端末を素早く操作し、部隊に反撃の指示を飛ばした。
「トーヤの『絶対停滞』と、シオンの『遅延発火』。どちらも規格外の威力を持つ代わりに、スキルの再発動までに膨大な時間を要するはずだ。次の攻撃が来るまで最低でも120秒……今のお前たちは、盾も弾も失った完全な無防備状態だ!」
「その通りだ。スキルの回転率の管理は、戦術の基本だからな」
俺はソウマの分析を肯定した。
ソウマの言う通り、定石の計算式に当てはめれば、俺たちの部隊はこれから2分間、一切の抵抗ができない。第一部隊の残存戦力でも、俺たちを蹂躙するには十分すぎる時間だった。
「これで終わりだ、バグ編成! 全員、突撃!」
ソウマの号令と共に、生き残った第一部隊のエリートたちが、怒涛の勢いで俺たちに向かって駆け出してくる。彼らの目には、勝利の確信があった。
——だが、彼らは知らない。
俺が組み上げた『異端編成』が、システムの計算式そのものをハッキングするバグの集合体であることを。
「ソウマ、お前のデータは正しい。だが、俺たちは『システムの上』をいく」
俺は背後で欠伸をしている長身の青年を振り返った。
「ナギ、やれ」
「りょーかい……あーあ、俺の青春、捧げますかぁ……」
ナギが気怠げに右手を前に出し、その掌を、銃を構え直したシオンの背中へと触れた。
「——『時間超越』」
瞬間、ナギの全身から膨大な精神エネルギーが吸い上げられ、シオンの体内へと注ぎ込まれた。
ナギは文字通り全身の力が抜け、白目を剥いてその場にバタンと倒れ伏す。完全に気絶していた。
だが、その重すぎる代償と引き換えに、シオンのデバイスに表示されていた「再発動まで120秒」の赤い文字が、バグを起こしたように一瞬でゼロ(発動可能)へと書き換わった。
「……なっ!? バカな、クールダウンが……消えただと!?」
突撃の途中でその異常な現象に気づいたソウマが、驚愕に顔を歪める。
「味方一人の全リソースを生贄にして、待ち時間を因果ごと強制リセットしたんだ。……シオン!」
「座標計算、入力済み……! 行くよっ!」
シオンが再び、長大な狙撃銃の引き金を引く。
放たれた『遅延発火』のプロセス。着弾地点は——突撃してきているソウマたちの、まさに目と鼻の先の空間。
「退避だ! 全員、左右に散開しろ!!」
ソウマが悲痛な叫びを上げるが、もう遅い。
前のめりに突撃の体勢に入っていた彼らに、急ブレーキを踏んで回避する猶予など残されていなかった。
『ドガァァァァァァァンッ!!!!』
一発目と寸分違わぬ威力の極大爆撃が、第一部隊の残存戦力を容赦なく飲み込んだ。
完璧なタイミングでの第二波。
エリートたちが信奉していた「クールダウンの隙を突く」という定石は、ナギの『時間超越』によって完全にへし折られたのだ。
爆炎が静まり返った演習場。
そこには、かろうじて防御結界を張り、膝をついて絶望の表情を浮かべるソウマ一人の姿があった。
「さて……盤面の掃除は終わったぞ、リン」
俺が声をかけると、ずっと俺の隣で力を温存していた銀髪の少女が、巨大な大剣を肩に担ぎながらゆっくりと前に出た。
「ああ。本当に、最高に悪趣味で完璧な露払いだ。カイト」
リンの唇に、凶暴で美しい笑みが浮かんでいた。
さあ、残った最後の1枠を、最強の矛で刈り取る時間だ。




