英雄の死角と、極限同期(オーバー・レゾナンス)
『——無駄な抵抗だ。個の意志など、最適化されたシステムの前には塵に等しい』
スメラギの右腕を形成する巨大な高周波ブレードが、空気を切り裂きながらリンの首筋へと迫る。
その太刀筋は、軍の『ソウル・レゾナンス』が弾き出した「絶対回避不能」の最適解だった。通常の人間であれば、反応することすらできずに首を飛ばされている。
だが、俺たちの戦いはすでにシステムの外側にある。
「右へ0.2秒遅延、踏み込みの角度を45度!」
「シィッ!」
俺の脳内で組み上げられた回避ルートが、物理ケーブルを通じて直接リンの神経へとダウンロードされる。
リンの身体が、俺の演算を寸分の狂いもなくトレースした。スメラギの必殺のブレードが、リンの銀髪を数本散らすだけで空を切る。
『……何? システムの予測値を逸脱しただと?』
スメラギの鋭い眼光に、初めて微かな動揺が走った。
「当たり前だ。俺たちの繋がりは、お前らの狂ったシステムを通しちゃいない。俺とこいつだけの、完全な局所通信だ!」
ケーブルを通じて、リンの筋肉の軋み、心臓の鼓動、そして無尽蔵に湧き上がる魔力の『熱』が、俺の左腕のデバイスから脳髄へと直接流れ込んでくる。
同時に、リンの頭の中には俺の冷徹な演算領域が展開され、次に来るスメラギの攻撃軌道が『視覚化』して映し出されているはずだ。
「行くぞ、リン! 斬り返せ!」
俺の指示と同時、リンの大剣が下段から跳ね上がるようにスメラギの白装甲を打ち据えた。
『ガァァァァァンッ!!』
激しい衝撃音が響き、スメラギの巨体が数メートル後ずさる。
最強の矛であるリンの身体能力に、未来予知にも等しい俺の演算が加わったことで、ついに英雄の定石を凌駕し始めたのだ。
『——理解不能。一個体の情報処理能力を完全に超過している』
スメラギが体勢を立て直し、両腕を交差させる。その背中から、無数の魔力ミサイルが展開された。
『面制圧へ移行。全方位爆撃、回避ルート・ゼロ』
「カイト!!」
「問題ない、踏みとどまれ!!」
無数のミサイルが俺たちに向かって殺到する。
俺は自身の左腕の生体デバイスを過負荷させ、リンの大剣のコアに限界突破の演算パルスを叩き込んだ。
「リン、出力120%! 俺の指定した座標に向かって、全方位に剣圧を放て!」
「——全部、お前の計算通りに斬ってやる!!」
リンが跳躍し、空中で独楽のように回転しながら大剣を振り抜く。
俺の演算が指定した『ミサイルの弾頭が最も密集する3つの座標』。そこをリンの放った『過剰励起』の純白の剣閃が、一分一厘の狂いもなく撫で斬りにした。
誘爆。空中で連鎖爆発が起こり、スメラギの放った魔力ミサイルが、彼自身の頭上で相殺されて巨大な煙幕を生み出す。
『——視界不良。索敵センサー、再起動——』
スメラギがシステムを再構築しようとした、その0.5秒のタイムラグ。
「そこだ!! 終わらせろ、相棒!!」
煙幕を突き破り、俺の演算誘導によって完璧な死角へと回り込んでいたリンが、スメラギの眼前に降臨した。
「ああああぁぁぁぁぁッ!!」
言葉はいらない。二人の精神が極限まで同期した最高の一撃が、スメラギの胸元——機械と融合した不気味なコアへ向けて、渾身の力で振り下ろされる。
『ドガァァァァァァァァンッ!!!!』
防壁ごと白装甲が砕け散り、スメラギのコアが真っ二つに両断された。
「……見事、だ……。バグ、ごときが……」
スメラギの巨躯が崩れ落ちる。
半分割れた仮面の下で、かつての英雄は苦悶の表情ではなく、どこかシステムから解放されたような安らかな顔をしていた。
「だが……抗えまい。我らオリジンは……まだ、11体いる……。進化の波は……止まらない……」
スメラギの身体が光の粒子となって崩壊し、後には両断されたコアの破片だけが、アスファルトの上に転がった。
「……はぁ、はぁ……やったのか……?」
大剣を突き立て、肩で息をするリンの隣に、俺は血を拭いながら歩み寄った。
「ああ。第一の原初……スメラギは、俺たちの計算式で完全に撃破した」
俺が左腕のケーブルを引き抜くと、共有されていた熱がスッと引き、代わりに強烈な疲労感が二人の身体を襲った。
リンがフラッと倒れそうになるのを、俺は慌てて右腕で支える。
「……無茶苦茶な計算式だ。頭が焼き切れるかと思ったぞ、専属計算機」
リンが俺の肩に体重を預けながら、微かに笑う。
「だが、最高に気持ちのいい一撃だったろ? 最強の矛」
俺が軽口で返すと、リンは疲労も忘れたように声を出して笑った。背中を預け合う確かな信頼が、そこにはあった。
「おーい! お前ら、無事かー!」
トーヤやメイたちが、残党のエクリプスを粗方片付け終えて駆け寄ってくる。
だが、安堵する暇はない。
スメラギの遺した『残り11体』という言葉が、俺の脳内に重くのしかかっていた。
軍のシステムが崩壊し、狂った神様気取りの化け物たちが首都の各地に降り立っている。
俺たちの『極限共鳴』はスメラギには通じたが、まだ残りのメンバーとの連携など、課題は山積みだ。
「首都の奪還戦……ここからが本番だぞ、お前ら」




